・・・麦藁帽子もぶら下げたまま、いきなり外へ飛び出すと、新蔵の後を追いかけて、半町ばかり駈け出しました。 その半町ばかり離れた所が、ちょうど寂しい石河岸の前で、上の方だけ西日に染まった、電柱のほかに何もない――そこに新蔵はしょんぼりと、夏外套・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・草に縋って泣いた虫が、いまは堪らず蟋蟀のように飛出すと、するすると絹の音、颯と留南奇の香で、もの静なる人なれば、せき心にも乱れずに、衝と白足袋で氈を辷って肩を抱いて、「まあ、可かった、怪我をなさりはしないかと姉さんは心配しました。」少年はあ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・お出入が八方に飛出すばかりでも、二千や三千の提灯は駈けまわろうというもんです。まあ察しても御覧なさい。 これが下々のものならばさ、片膚脱の出刃庖丁の向う顧巻か何かで、阿魔! とばかりで飛出す訳じゃアあるんだけれど、何しろねえ、御身分が御・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・……いかがわしいが、生霊と札の立った就中小さな的に吹当てると、床板ががらりと転覆って、大松蕈を抱いた緋の褌のおかめが、とんぼ返りをして莞爾と飛出す、途端に、四方へ引張った綱が揺れて、鐘と太鼓がしだらでんで一斉にがんがらん、どんどと鳴って、そ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・独鈷の湯からは婆様が裸体で飛出す――あははは、やれさてこれが反対なら、弘法様は嬉しかんべい。万屋 勝手にしろ、罰の当った。人形使 南無大師遍照金剛。――夫人、雨傘をすぼめ、柄を片手に提げ、手提を持添う。櫛巻、引かけ帯、駒下駄・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・から、この川を出るが最後、個々の行動を取って進めという命令が、敵に悟られん様に、聨隊長からひそかに、口渡しで、僕等に伝えられ、僕等は今更電気に打たれた様に顫たんやが、その日の午後七時頃、いざと一同川を飛び出すと、生憎諸方から赤い尾を曳いて光・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・フランスのように多くの古典を伝統として持っている国ですら、つねに古典への反逆が行われ、老大家のオルソドックスに飽き足らぬアヴァンギャルド運動から二百一人目の新人が飛び出すのではあるまいか。ジュリアン・バンダがフランス本国から近著した雑誌で、・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ この命令に押し飛ばされて、二人はゴムマリのように隊を飛び出すと、泡を食って農家をかけずり廻った。 ところが、二人はもともと万年一等兵であった。その証拠には浪花節が上手でも、逆立ちが下手でも、とにかく兵隊としての要領の拙さでは逕庭が・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・反対された寺田は実家を飛び出すと、銀閣寺附近の西田町に家を借りて一代と世帯を持った。寺田にしては随分思い切った大胆さで、それだけ一代にのぼせていたわけだったが、しかし勘当になった上にそのことが勤め先のA中に知れて免職になると、やはり寺田は蒼・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・にとって別にそれは珍しいことではなかったし、無躾けなことを聞く人間もあるものだとは思いながらも、その女の一心に吉田の顔を見つめるなんとなく知性を欠いた顔付きから、その言葉の次にまだ何か人生の大事件でも飛び出すのではないかという気持もあって、・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫