・・・いちばん初めに高所から見たパリの市街が現われ前景から一羽のからすが飛び出す。次に墓場が出る。墓穴のそばに突きさした鋤の柄にからすが止まると墓掘りが憎さげにそれを追う。そこへ僧侶に連れられてたった三人のさびしい葬式の一行が来る。このところにあ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ しかし、犬は素早く畑を飛び出すと、畑のくろをめぐって、下の畑へ飛び下りた。そしてこれも顔を赤くホテらした断髪の娘は、土堤から畑の中へ飛び下りると、其処此処の嫌いなく、麦の芽を、踏みしだきながら、喚めいた。「チロルや、チロルや」・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・それより早く阿蘇へ登って噴火口から、赤い岩が飛び出すところでも見るさ。――しかし飛び込んじゃ困るぜ。――何だか少し心配だな」「噴火口は実際猛烈なものだろうな。何でも、沢庵石のような岩が真赤になって、空の中へ吹き出すそうだぜ。それが三四町・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・たちの仕事はな、地殻の底の底で、とけてとけて、まるでへたへたになった岩漿や、上から押しつけられて古綿のようにちぢまった蒸気やらを取って来て、いざという瞬間には大きな黒い山の塊を、まるで粉々に引き裂いて飛び出す。煙と火とを固めて空に抛げつ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ 私は玄関に飛び出す。 見るとS子ばかりじゃあなく、T子もA子も来た。「さあ早く御上んなさい。と云うとT子が時間がおそいからと云って私と二言三言云ったなり一人で先へ帰って仕舞った。 何だか馬鹿された様で止めもしな・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・――私たちは飛び出すなら飛び出す、飛び出さないなら飛び出さないように――幸福というものを、本当のものにする鍵を持たなければならない。そういう感じをはっきりあれを見たことによって受けるのであります。そして、時代の違いのあるノラの問題だ、と理解・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・ 何だろうと思ってのり出した私は、 アッ、と云うなりつまずきそうになりながら屏風の外へ飛び出すと、激しい怖れでガタガタ震えながら自分で気がボーッとなる程大きな声をあげて泣き出した。 私の声を聞き付けて馳け付けた母に抱・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・サア鋤を手に取ッたまま尋ねに飛び出す畑の僕。家の中は大騒動。見る間に不動明王の前に燈明が点き、たちまち祈祷の声が起る。おおしく見えたがさすがは婦人,母は今さら途方にくれた。「なまじいに心せぬ体でなぐさめたのがおれの脱落よ。さてもあのまま鎌倉・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・自分がパッと飛び出す時に同時に語り手も使い手も出てくれるのである。左右に気を兼ねるようであればこの気合いが出ない。思い切ってパッと出てしまうのである。ところでこの気合いは弾き出しの時に限らない。あらゆる瞬間がそれである。刻々として気合いを合・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
・・・を救うために学校を飛び出す。友は騒ぎ母は泣く。保証人はまっかになって怒鳴る。 生命の執着はまた人生に大変調を来たす。恋の怨みに世を去り、悲痛なる反抗心に死する人が世に遺す凄き呪い。一念の凝った生き霊。藤村操君の魂魄が百数十人の精霊を華厳・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫