・・・従って市街地の商人からは眼の飛び出るような上前をはねられて食代を買わねばならぬ。だから今度地主が来たら一同で是非とも小作料の値下を要求するのだ。笠井はその総代になっているのだが一人では心細いから仁右衛門も出て力になってくれというのであった。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ それやっと口から出たか出ないかも覚えがなく、人を押しのけて飛び出した。飛び出る間際にも、「奈々子は泣いたかッ」 と問うたら、長女の声でまだ泣かないと聞こえた。自分はその不安な一語を耳にはさんで、走りに走った。走れば十分とはかか・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 二童は銭を握って表へ飛び出る。省作は茶でも入れべいと起った。 二 翌朝、省作はともかくも深田に帰った。帰ったけれども駄目であった。五日ばかりしてまた省作は戻ってきた。今度はこれきりというつもりで、朝早く人顔の・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・文房粧飾というようなそんな問題には極めて無頓着であって、或る時そんな咄が出た時、「百万両も儲かったら眼の玉の飛出るような立派な書斎を作るサ、」と事もなげに呵々と笑った。 衣服にもやはり無頓着であった。煙草が好きで、いつでも煙管の羅宇の破・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・腿立を挙げる智慧も無かったと見えて袴を穿いたままのろのろと歩いていって、其儘上りこんで往ったものだから、代稽古の男に馬鹿々々、馬鹿々々と立続けに目の玉の飛び出るほど叱られた。振返って見ると、成程自分のあるいた跡は泥水が滴って畳の上にずーッと・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・は、その翌年の春、大学を卒業する筈になっていたのだが、試験には一つも出席せず、卒業論文も提出せず、てんで卒業の見込みの無い事が、田舎の長兄に見破られ、神田の、兄の定宿に呼びつけられて、それこそ目の玉が飛び出る程に激しく叱られていたのである。・・・ 太宰治 「一燈」
出典:青空文庫