・・・丁度上田万年博士が帰朝したてで、飛白の羽織に鳥打帽という書生風で度々遊びに来ていた。緑雨は相応に影では悪語をいっていたが、それでも新帰朝の秀才を竹馬の友としているのが万更悪い気持がしなかったと見えて、咄のついでに能く万年がこういったとか、あ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・その中には洗い晒した飛白の単衣だの、中古で買求めて来た袴などがある。それでも母が旅の仕度だと言って、根気に洗濯したり、縫い返したりしてくれたものだ。比佐の教えに行く学校には沢山亜米利加人の教師も居て、皆な揃った服装をして出掛けて来る。なにが・・・ 島崎藤村 「足袋」
・・・太郎や次郎はもとより、三郎までもめきめきとおとなびて来て、縞の荒い飛白の筒袖なぞは着せて置かれなくなったくらいであるから。 目に見えて四人の子供には金もかかるようになった。「お前たちはもらうことばかり知っていて、くれることを知ってる・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・黒い毛のショオルにくるまって荒い飛白のコオトを着ていた。白い頬がいっそう蒼くすき透って来たようであった。ちょっとお話したいことがございますから、一緒にそこらまでつきあってくれというのである。僕はマントも着ず、そのまま一緒にそとへ出た。霜がお・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・表紙は八雲氏が愛用していた蒲団地から取ったものだそうで、紺地に白く石燈籠と萩と飛雁の絵を飛白染めで散らした中に、大形の井の字がすりが白くきわ立って織り出されている。 これもいかにも八雲氏の熱愛した固有日本の夢を象徴するもののように見えて・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・読めぬ人にはアッシリア文は飛白の模様と同じであり、サンスクリット文は牧場の垣根と別に変わったことはないのと一般である。しかし「地図の言葉」に習熟した人にとっては、一枚の図葉は実にありとあらゆる有用な知識の宝庫であり、もっとも忠実な助言者であ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・正午すこし前、お民は髪を耳かくしとやらに結い、あらい石だたみのような飛白お召の単衣も殊更袖の長いのに、宛然田舎源氏の殿様の着ているようなボカシの裾模様のある藤紫の夏羽織を重ね、ダリヤの花の満開とも言いたげな流行の日傘をさして、山の手の静な屋・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・われわれが極く子供の内は東京の者はこんな薩摩飛白などは決して着せません。田舎者でなければ着ないものでした。それを今の書生は大抵皆薩摩飛白を着る。安いからか知りませんが、皆着るようになった。それから一時白い羽織の紐の毛糸か何かの長いのをこう―・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
出典:青空文庫