・・・電車は広い大通りを越して向側のやや狭い街の角に止まるのを待ちきれず二、三人の男が飛び下りた。「止りましてからお降り下さい。」と車掌のいうより先に一人が早くも転んでしまった。無論大した怪我ではないと合点して、車掌は見向きもせず、曲り角の大・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・この刺激の強い都を去って、突然と太古の京へ飛び下りた余は、あたかも三伏の日に照りつけられた焼石が、緑の底に空を映さぬ暗い池へ、落ち込んだようなものだ。余はしゅっと云う音と共に、倏忽とわれを去る熱気が、静なる京の夜に震動を起しはせぬかと心配し・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・鳴り込みましたので男は手切金を出して手を切る談判を始めると、女はその金を床の上に叩きつけて、こんなものが欲しいので来たのではない、もし本当にあなたが私を捨てる気ならば私は死んでしまう、そこにある窓から飛下りて死んでしまうと言った。男は平気な・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・両方の乗降口に立っていた制服巡査は飛び下りた。 思わず、彼は深い吐息をついた。そして、自分の吐息の大きさに慌てて、車室を見廻した。乗客は汽車が動き出すと一緒に、長くなったり、凭れに頭を押しつけたりして、眠りを続けた。 汽車は・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 彼は叱言を独りで云いながら、ロープの上へ乗っかった。 ロープ、捲かれたロープは、……… どうもロープらしくなかった。「何だ!」 水夫見習は、も一度踏みつけて見た。 彼は飛び下りた。 躯を直角に曲げて、耳をおっ立・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍らせて云いました。「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」 カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 平右衛門はひらりと縁側から飛び下りて、はだしで門前の白狐に向って進みます。 みんなもこれに力を得てかさかさしたときの声をあげて景気をつけ、ぞろぞろ随いて行きました。 さて平右衛門もあまりといえばありありとしたその白狐の姿を見て・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・ ――まだここから飛び降りた奴あねえ。「もっとこちらへいらっしゃい」 音や人目や色彩や、それが余り繁いので、つまり無いと同じ雑踏の中で油井はみのえの手を執り、自分の傍へ引きよせた。油井が大人の男であるのがみのえの満足であった。彼・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・初め操縦士と合図しといて落下傘で飛び降りてから、その後の空虚の飛行機へ光線をあてたのです。うまくゆきましたよ。操縦士と夕べは握手して、ウィスキイを二人で飲みました。愉快でしたよそのときは。」 自信に満ちた栖方の笑顔は、日常眼にする群衆の・・・ 横光利一 「微笑」
・・・すると吉は跣足のまま庭へ飛び降りて梯子を下から揺すぶり出した。「恐いよう、これ、吉ってば。」 肩を縮めている姉はちょっと黙ると、口をとがらせて唾を吐きかける真似をした。「吉ッ!」と父親は叱った。 暫くして屋根裏の奥の方で、・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫