・・・奈々子は一年十か月なれど、箸持つ手は始めから正しい。食べ物に着物をよごすことも少ないのである。姉たちがすわるにせまいといえば、身を片寄せてゆずる、彼の母は彼を熟視して、奈々ちゃんは顔構えからしっかりしていますねいという。 末子であるから・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 子供はしかたなしに、雪の降る中をとぼとぼと歩いて、その店の前を去って、あてなくこちらにきかかりますと、そこには食べ物屋があって、おいしそうな魚の臭いや、酒の暖まる香いなどがもれてきました。子供は其店の前に立ちました。そして戸を開けての・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・わたしの方が勝っているようだわ。わたしの食べ物も着物も癖も何もかもみなお前さんに貰ったので、わたしの方からお前さんに遣ったものといっては何一つないわ。そうして見ると、わたし盗坊ね。お前さんは目が覚めて見ると、わたしに何もかも取られてしまって・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・いそがしくてとても田舎へなんか行かれぬなどという返事をよこして、どんな暮しをしていたものやら、そろそろ東京では食料が不自由になっているという噂を聞いてあさは、ほとんど毎日のように小包を作ってお前たちに食べ物を送ってやった。お前はそれを当り前・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・そうして食べ物や着物を置いて行きました。婆さんは、ラプンツェルを、やっぱり可愛くて、塔の中で飢え死させるのが、つらいのです。婆さんには魔法の翼があるので、自由に塔の頂上の部屋に出入りする事が出来るのでした。三年経ち、四年経ち、ラプンツェルも・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・それから食べ物がなくなると殺 須利耶さまは何気ないふうで、そんな成人のようなことを云うもんじゃないとは仰っしゃいましたが、本統は少しその天の子供が恐ろしくもお思いでしたと、まあそう申し伝えます。 須利耶さまは童子を十二のとき、少し離・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・それには食べ物が確保されなければならない。安心して寝る家を確保しなければならない。人間らしい気品の保てる経済条件がなければならない。 本当に深く人生を考えて見れば、今の社会に着物一つを問題にしてもやはり決して不可能ではない未来の一つの絵・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ですから皆さんのお召しになっているようなもの、食べ物をつくるようなところはすべて空手ではできません。禅問答では片手の音を聞けといいますが、片手では音は出ません。それと同じようにみな機械がなければなりません、工場がなければなりません。彼らはそ・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・ 生きて居る叔父に食べ物を並べてあげる通りどこかでお礼を云われて居る様な彼の大きな掌が、「ありがとうよ、 好い子に御なり。と頭を叩いて呉れる様に感じて居た。 そして、常に叔父の云って居た事が間違わなければ、好い事・・・ 宮本百合子 「追憶」
去年の今頃はもう鎌倉に行っていた。鎌倉と云っても、大船と鎌倉駅との間、円覚寺の奥の方であった。不便極るところで、魚屋もろくに来ず、食べ物と云えば豆腐と胡瓜。家の風呂はポンプがこわれて駄目だから、夕方になると、円覚寺前の小料・・・ 宮本百合子 「夏」
出典:青空文庫