・・・聖徒ワグネルは晩年には食前の祈祷さえしていました。しかしもちろん基督教よりも生活教の信徒のひとりだったのです。ワグネルの残した手紙によれば、娑婆苦は何度この聖徒を死の前に駆りやったかわかりません。」 僕らはもうその時には第六の龕の前に立・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・二の烏 御同然に夜食前よ。俺も一先に心付いてはいるが、その人間はまだ食頃にはならぬと思う。念のために、面を見ろ。三羽の烏、ばさばさと寄り、頭を、手を、足を、ふんふんとかぐ。一の烏 堪らぬ香だ。三の烏 ああ、旨そうな。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・食事中に箸を置いて、おもむろに煙草を吸うというのは、まだ生易しい方で、カレーライスなどの場合、右手にスプーン、左手に煙草、右手と左手をかわるがわる口へ持って行った。食前、食間は勿論である。入浴する時は、まず新しい煙草に火をつけるほか、耳にも・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 食事のあとでりんごか何か食っていたようであったが、とにかく三人のムードが、食前とはすっかり一変して、なんとなく気重く落ち着いた、眠ったいような雰囲気がその食卓の上にただよっているように感ぜられた。 自分の席から二つ三つ前方の席に、・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
出典:青空文庫