・・・その外には幾枚かのカンヴァスの枠に張ったのが壁にたてかけてあったのと、それから、何かしら食器類の、それも汚れたのが、そこらにころがっていたかと思うが、それもたしかではない。 一つ確かに覚えているのは、レンブラント画集の立派なのが他の二、・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・先生は海鼠腸のこの匂といい色といいまたその汚しい桶といい、凡て何らの修飾をも調理をも出来得るかぎりの人為的技巧を加味せざる天然野生の粗暴が陶器漆器などの食器に盛れている料理の真中に出しゃばって、茲に何ともいえない大胆な意外な不調和を見せてい・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ ベッドから、食器棚から、凸凹した床から、そこら中を、のたうち廻った。その後には、蝸牛が這いまわった後のように、彼の内臓から吐き出された、糊のような汚物が振り撒かれた。 彼は、自分から動く火吹き達磨のように、のたうちまわった挙句、船・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・老人は食器をしまい、屈んで泉の水をすくい、きれいに口をそそいでからまた云いました。「雁の童子と仰っしゃるのは、まるでこの頃あった昔ばなしのようなのです。この地方にこのごろ降りられました天童子だというのです。このお堂はこのごろ流沙の向う側・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ 縞の小さいエプロンをかけた彼女が食器を積んだ大盆を抱えて不本意らしく台所に出てゆく姿を見送ると、彼は思わず眉を顰めて頭を振った。 都合の悪いのは今朝に限って、寝室にいる彼に明るい夜の台所の模様がはっきり、手にとるように判ることであ・・・ 宮本百合子 「或る日」
土曜・日曜でないので、食堂は寧ろがらあきであった。我々のところから斜彼方に、一組英国人の家族が静に食事している。あと二三組隅々に散らばって見えるぎりだ。涼しい夏の夜を白服の給仕が、食器棚の鏡にメロンが映っている前に、閑散そ・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・ 配膳室には、食器棚、料理の仕上げをする位の意味で瓦斯、周囲の壁は、タイルででも張った流し。壁も天井も全部白く、出来るなら、細かい金属製ネットを張った大窓。蠅などが、成たけ入らないように、安心して食物を並べて置かれることが必要でしょう。・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・幼稚園、托児所時代から仕事はすすんで、当番は自分たちのたべたあとのアルミニューム鉢やスプーンを洗い、それを食器室まで運ぶ役目をやる。 教室の掃除もする。男の子だから食事に関する仕事はしないなどということは絶対にない。 夏、共産少年少・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・ ピーター大帝は曲馬場横の妙な細長い広場で永遠にはね上る馬を御しつづけ、十二月二十五日通りの野菜食堂では、アルミニュームの食器の代りに、白い金ぶちの瀬戸の器をつかっている。ドイツ語の小形の詩の本をよみながら黒い装いをした一人の婆さん・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・色とりどり実にふんだんな卓上の盛花、隅の食器棚の上に並べられた支那焼花瓶、左右の大聯。重厚で色彩が豊富すぎる其食堂に坐った者とては、初め私達二人の女ぎりであった。人間でないものが多すぎる。其故、花や陶器の放つ色彩が、圧迫的に曇天の正午を生活・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫