・・・このままでは食い込むばかりだと、それがおそろしくなりたまりかねてひそかに店を売りに出した。が、買手がつかず、そのまま半年、その気もなく毎日店をあけていた。やっと買手がついたが、恥しいほどやすい値をつけられた。 それでも、売って、その金を・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・どんなに弊害があっても、人の心の奥にまで食い込む心配は少ない。 これに反してもっとまじめで真剣なだけにいちばん罪の深い人間的な宣伝の場合と思われるのは、避くべからざる覊絆によって結ばれた集団の内部で、暗黙のうちに行なわれる、朋党の争いで・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・そして急いで自分の腕時計を調べて、それからまるで食い込むように向うの怪しい時計を見つめました。腕時計も六時、柱時計の音も六時なのにその針は五時四十五分です。今度はおくれたのです。さっき仕事を終って帰ったときは十分進んでいました。さあ、今だ。・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・ ところが次の日のこと、畜産学の教師が又やって来て例の、水色の上着を着た、顔の赤い助手といつものするどい眼付して、じっと豚の頭から、耳から背中から尻尾まで、まるでまるで食い込むように眺めてから、尖った指を一本立てて、「毎日阿麻仁をや・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・何んしろ、ああやって旦はんに何もせいで居られては、偉う大尽はんやかて、食い込むさかい無理もあらへん。と、半分同情的な、半分は見下げ気味な噂をするのに耳もかさなかった。 一体に百姓女は手先が利かないので、かなりまとまったものもこな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫