・・・それはマグノリアの木にもあらわれ、けわしい峯のつめたい巌にもあらわれ、谷の暗い密林もこの河がずうっと流れて行って氾濫をするあたりの度々の革命や饑饉や疫病やみんな覚者の善です。けれどもここではマグノリアの木が覚者の善でまた私どもの善です。」・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・国内戦や飢饉時代ののちに、夫婦がそうして安心して子供を産み、よろこびをもって育ててゆくことのできる大人のよろこびの揺ぎない深さも、しんから共感できた。すべてそれらのよろこびは、ソヴェト市民の一人一人が一九一七年以来、たえまないめいめいのたた・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・ 近頃、漸々一体の注意を呼び始めた、ロシアの大飢饉と云うことに対しても、真の意味で、友誼的であるべき諸邦の愛が、私は、余り鈍っていると思う。 確に或る国は率先して華々しく救済の任務を負い始めた。けれども、その動機に鋭い直覚を持つ者は・・・ 宮本百合子 「アワァビット」
・・・ 一九二一年に起ったクロンシュタットの赤色海軍兵の局部的な暴動は、ソヴェト同盟国内戦後の饑饉救援という名目でアメリカから、妙な連中が入り込んだ。アメリカ毛布、アメリカ製ビスケットにかこつけたからくりが、この暴動の種であったということを今・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ ――でもそれは一九一九年、飢饉の年でね。 彼女は自分自身にむかって云うように云った。 ――私を見た教授が、子供を生んで何で養うつもりかと云いました。我々に今必要なのは赤坊じゃない、革命の完成だ、って。――教授は白い髯のいい人だ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ ニューヨークといえば、われわれのクラブの委員長であった松岡洋子さんはこのごろ水飢饉のニューヨークでどんな毎日を送っているだろう。昼夜白熱して夜空にまで広告のテレヴィジョンを映している不眠の都市。ウォール街を中心に渦巻く宣伝の都市ニュー・・・ 宮本百合子 「この三つのことば」
・・・有名な源氏物語は藤原時代の封建貴族文化の精華であるといわれているが、あの作品は同じ藤原時代に文盲ではだしで一度び飢饉が来ると道ばたに倒れて飢え死んだ庶民のいかなる心持ちをも反映してはいないのである。文字そのものさえ、貴族に独占されていた。現・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・デニキン、コルチャック、ウランゲルらによる国内戦と飢饉と大移動と、それにたいするボルシェヴィキの奮闘などは、ロシアの全人民に無限の経験とエピソードとをもたらした。全人口が「語るべき何事かを」生きたのであった。私たちに近親な作家として、たとえ・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・現在二十歳以上のロシア人はすべて革命、飢饉時代を経て生きて来た。生活に必要な条件というものがある。それの全然欠けた日々を潜って如何にして生きるかを習得して来たわけだ。 この民衆の強みはСССРの底石だ。 骨格逞しい丈夫な民衆の上にあ・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・天明以後の飢饉年である。 医師が来て、三右衛門に手当をした。 親族が駆け附けた。蠣殻町の中邸から来たのは、三右衛門の女房と、伜宇平とである。宇平は十九歳になっている。宇平の姉りよは細川長門守興建の奥に勤めていたので、豊島町の細川邸か・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫