・・・どんな御身分の方が、お慰みに、お飯事をなさるんでも、それでは御不自由、これを持って行って差上げな、とそう言いましてね。(言いつつ、古手拭を解いま研いだのを持って来ました。よく切れます……お使いなさいまし、お間に合せに。……(無遠慮に庖丁を目・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・私一人だけが若い娘たちの面前で、飯事のようにお櫃を前にして赧くなっているのだ。クスクスという笑い声もきこえた。Kはさすがに笑いはしなかったが、うちいややわと顔をしかめている。しかし、私は大いに勇を鼓してお櫃から御飯をよそって食べた。何たるこ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・三時の茶菓子に、安藤坂の紅谷の最中を食べてから、母上を相手に、飯事の遊びをするかせぬ中、障子に映る黄い夕陽の影の見る見る消えて、西風の音、樹木に響き、座敷の床間の黒い壁が、真先に暗くなって行く。母さんお手水にと立って障子を明けると、夕闇の庭・・・ 永井荷風 「狐」
・・・子供が戦争ごッこをやッたり、飯事をやる、丁度そう云った心持だ。そりゃ私の技倆が不足な故もあろうが、併しどんなに技倆が優れていたからって、真実の事は書ける筈がないよ。よし自分の頭には解っていても、それを口にし文にする時にはどうしても間違って来・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ 紫の雲の様に咲く花ももう見られないと達は、その木の下で、姉と飯事をした幼い思い出にひたって居た。 政が帰ってからも栄蔵は非常に興奮して耳元で鼓動がするのを感じて居た。 お節を前に置いて栄蔵は、政を罵って居るうちにフトお節の懐に・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 小さい飯事道具を一そろいそれも人形のわきに納められた。娘にならずに逝った幼児は大きく育って世に出た時用うべき七輪を「かまど」を「まな板」をその手に取るにふさわしいほどささやかな形にしてはてしもなく長い旅路に持って行く。 五つの髪の・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫