・・・が、仏法僧のなく音覚束なし、誰に助けらるるともなく、生命生きて、浮世のうらを、古河銅山の書記になって、二年ばかり、子まで出来たが、気の毒にも、山小屋、飯場のパパは、煩ってなくなった。 お妻は石炭屑で黒くなり、枝炭のごとく、煤けた姑獲鳥の・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ちょうど飯場へつく山を一つ廻りかけた時、後から馬の蹄の音が聞えた。捕かまった、皆そう思い立ち止まって、振り返ってみた。源吉だった。 源吉はズブ濡れの身体をすっかりロープで縛られていた。そしてその綱の端が棒頭の乗っている馬につながれていた・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・ 川下の方の捲上げ道を登れば、そのまま彼等は飯場まで帰る事が出来た。飯場には吹き曝しであるにしても風呂が湧いていた。風呂は晩酌と同じ程、彼等へ魅力を持っていた。 川上の方は、掘鑿の岩石を捨てた高台になっていて、ただ捲上小屋があるに過・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
出典:青空文庫