・・・父は維新前いわゆる御鯨方の支配の下に行われた捕鯨の壮観と、大漁後のバッカスの饗宴とを度々目撃し体験していたので、出発前にその話を飽きるほど聞かされていた。それで非常な期待と憧憬とをもって出かけたのであったが、運悪く漁がなくて浜は淋しいほど静・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・「その使いかたが単調無味であるように製作されてあるほど精密に加工されるから」「飽きることを知らない農村の女子が農業精神で」その精密加工に成功し「農村の子女が最も適当しているというのである」としているのである。 フォードが一品一工場とした・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 飽きると一太は起きて、竹格子につかまった。裏が細い道で、一太の家と同じような一棟の家に面していた。一太の窓から見えるところが大工の家で、忠公の棲居であった。忠公は、一太のように三畳にじっとしていないでもよいそこの息子であったから、土間・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・一九一四年、大戦がヨーロッパの思想的支柱をゆり動かしはじめた時、ポール・クロオデルは飽きることのない執拗さで、清教徒であることをやめたジイドをカソリックへ引っぱり込もうとした。「法王庁の抜穴」を書き終ったところであったジイドは、この宗教的格・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・顔だけはぬけ目なく並んだ店舗の方にむけているが、足は飽きることない好奇心とは全然無関係な機械のように、足頸を実に軟くひらひら、ひらひらと、たゆみなく体を運んで行くのだ。 合間合間に、小さい子供が一輪車に片脚をのせて転って行った。女の子達・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・小さく、いろいろに案配をかいて、いくつも、飽きることなく描いている。母は父の横でしずかに手の先の仕事をするか本を読んでいるのでしたが、母には面白いことにエレヴェーションは分ってもプランは会得出来ませんでした。三十六年建築家の妻であったが、父・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・の働きを見るのが、彼の新しい飽きることのない日課となったのである。 或る日、六はいつもの通り小屋へ行こうとして家を出かけた。 そして、とある林の傍へ来かかると彼の目には妙なものが見えた。赤い小さい、可愛い椅子が、何かをのせて空の真中・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 飽きると、私はその百銭を再び袋にしまい、歩調に合わせて膝にぶっつけザックリ、ザックリ鳴らしながら廊下を歩いた。その時はもう一人ではない。毛糸の手編靴下をはいた弟が二人、「軍艦・軍艦・グンカノヘー。グンカン・グンカン・グンカノヘー」・・・ 宮本百合子 「百銭」
・・・自分のことを話すのだったら、どんなに話したって飽きることはありませんからね」と云った。「あの人は告白病にかかってるんです」 はつ子が帰って行った後で、森がそう云った。「あのひとは、あの告白病で雑誌をつぶしているんですよ。先も・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・出たり入ったりにうめの顔飽きる程見てたって、キャラメル一つ買って来るじゃないからね」 間をおき、更に云った。「第一、気心が知れやしない」 志津は、「ほーら、そろそろおばあさんの第一が始まった」と笑った。「本当だよ、嘘だと・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫