・・・何でも一度僕の養母とわざわざ二階へ挨拶に行ったら、いきなり頭を長煙管で打たれたことを覚えている。しかし大体僕の母は如何にももの静かな狂人だった。僕や僕の姉などに画を描いてくれと迫られると、四つ折の半紙に画を描いてくれる。画は墨を使うばかりで・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・入れ替り立ち替りそこへ挨拶に来る親戚に逢って見ると、直次の養母はまだ達者で、頭の禿もつやつやとしていて、腰もそんなに曲っているとは見えなかった。このおばあさんに続いて、襷をはずしながら挨拶に来る直次の連合のおさだ、直次の娘なぞの後から、小さ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 小さな背を立てて、長いしっぽをへの字に曲げて、よく養母の三毛にけんかをいどんだが、三毛のほうでは母親らしくいいかげんにあやしていた。あまりうるさくなると相手になってかなり手荒く子猫の首をしめつけてころがしておいて逃げ出す事もあった。し・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ 恭二が良吉より先に帰って来ると、お君は何か涙声でボツボツと只気休めに、養母に頭を押えられて居る力弱い夫に訴えて居た。 気の置ける夕飯をすますとじきに疲れて居るからと云って栄蔵は床に入ってしまった。 お君は父親を起すまいと気を配・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・私は昨夜から泰子の養母になって横にねますが、頭のなかに不調和があるから、泰子の眠りは不安で幾度も目が覚め、泣きます。その度にこちらも起き、この数年来のああちゃんの辛苦がはっきりわかるようです。ああちゃんが心臓を悪くしているのも全くこの泰子の・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫