・・・鹿の頸には銅の頸輪がはまっていて、それに鉄の太い鎖がつながれていました。「こいつも、しっかり鎖でつないで置かないと、あたし達のところから逃げ出してしまうのだよ。どうしてみんな、あたし達のところに、いつかないのだろう。どうでもいいや。あたしは・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ そのときになって勝手口からとびだしてきた女中さんが、苦もなく犬の首輪をつかんで引き離しながら、奥の方へむかって叫んでいるのであった。「こんにゃく屋がお菜園をメチャメチャにしてしまいましたわ」 私もそれで気がついた。幸いこんにゃ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・さすがの御亭主もこれには辟易致しましたが、ついに一計を案じて、朋友の細君に、こういう飾りいっさいの品々を所持しているものがあるのを幸い、ただ一晩だけと云うので、大切な金剛石の首輪をかり受けて、急の間を合せます。ところが細君は恐悦の余り、夜会・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・「馬は銀の沓をはく、狗は珠の首輪をつける……」「金の林檎を食う、月の露を湯に浴びる……」と平かならぬ人のならい、ウィリアムは嘲る様に話の糸を切る。「まあ水を指さずに聴け。うそでも興があろう」と相手は切れた糸を接ぐ。「試合の催・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・何かやってひどくいじめられて、首輪のところからつながれていたのを必死に切って逃げて来ているので、ずるずる地面を引ずる荒繩の先は藁のようにそそけ立ってしまっているのであった。 景清は、それからずっとその庭にいついた。日中は樹の間の奥にいつ・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・ね、置いて頂戴ね」とせびり出した。「裏の方で遊ばせましょうよ。ね、首輪がついて居ないから正式に何処の飼犬でもなかったのよ。ね、丁度みかん箱も一つあるから。」 良人は、「どれ」と仔犬を抱きあげ、北向の三・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・人間につれられて駈けつつ首輪を鳴らす犬はいない。 公園の外を一条の掘割が流れている。橋の欄干にひじをかけて男が二人どこかでテームズ河に流れ入るその水の上を眺めている。鉄屑をのせた荷舟が一艘引船で掘割をさかのぼって行くところである。舟をひ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫