・・・多分はいくら香料をかけても、揉み上げにしみこんだ煙草の匂は羊肉の匂のようにぷんと来るであろう。いざ子ども利鎌とりもち宇野麻呂が揉み上げ草を刈りて馬飼へ 芥川竜之介 「格さんと食慾」
・・・抱きあげて見ると、その仔猫には、いつも微かな香料の匂いがしている。 夢のなかの彼女は、鏡の前で化粧していた。私は新聞かなにかを見ながら、ちらちらその方を眺めていたのであるが、アッと驚きの小さな声をあげた。彼女は、なんと! 猫の手で顔へ白・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・ 彼はそれが自分自身への口実の、珈琲や牛酪やパンや筆を買ったあとで、ときには憤怒のようなものを感じながら高価な仏蘭西香料を買ったりするのだった。またときには露店が店を畳む時刻まで街角のレストランに腰をかけていた。ストーヴに暖められ、ピア・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・サア話しが段々煮えて来た、ここへ香料を落して一ト花さかせる所だ。マア聞玉え、ナニ聞ていると、ソウカよしよし。ここで万物死生の大論を担ぎ出さなけりゃならないが、実は新聞なんぞにかけるような小さな話しではなし一朝一夕の座談に尽る事ではないから、・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・それですぐにそのドモクレスを呼んで、さまざまの珍らしいきれいな花や、香料や、音楽をそなえた、それはそれは、立派なお部屋にとおし、出来るかぎりのおいしいお料理や、価のたかい葡萄酒を出して、力いっぱい御馳走をしました。 ドモクレスは大喜びを・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・私は祖母に抱かれ、香料のさわやかな匂いに酔いながら、上空の烏の喧嘩を眺めていた。祖母は、あなや、と叫んで私を畳のうえに投げ飛ばした。ころげ落ちながら私は祖母の顔を見つめていた。祖母は下顎をはげしくふるわせ、二度も三度も真白い歯を打ち鳴らした・・・ 太宰治 「玩具」
・・・ピンヘッドとかサンライズとか、その後にはまたサンライトというような香料入りの両切紙巻が流行し出して今のバットやチェリーの先駆者となった。そのうちのどれだっかた東京の名妓の写真が一枚ずつ紙函に入れてあって、ぽん太とかおつまとかいう名前が田舎の・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・というから、何だと聞くと、蟹肉に辛い香料をいれてホットにしてあるから、それで「デヴィルド」だといって聞かされた。このワシントンの「熱波」の記憶にはこのデヴィルド・クラブとあのニグロの顔とが必ずクローズアップに映出されるのである。用事をすませ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・それには古人が残してくれた色々な香料や試薬も注いでみようと思っている。その鍋を火山の火にかけて一晩おいた後に一番鶏が鳴いたら蓋をとってみようと思っている。 蓋を取ったら何が出るだろう。おそらく何も変った物は出ないだろう。始めに入れておい・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・粋とか、よい趣味とかいう人造香料をも加えていない。諸問題は、生のまま、いくらか火照った素肌の顔をそこに生真面目に並べている。 それが、却って、云うに云えない今日の新鮮さ、頼りふかい印象を与えているのは、どういうわけなのだろうか。 日・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
出典:青空文庫