・・・ 河を乗り起してやってくる馬橇が見えた。警戒兵としての経験からくるある直感で、ワーシカは、すぐ、労働組合の労働者ではなく、密輸入者の橇であると神経に感じた。銃をとると、彼は扉を押して、戸外へ躍りでた。扉が開いたその瞬間に、刺すような寒気・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・…… 七 鈴をつけた二十台ばかりの馬橇が、院庭に横づけに並んでいた。負傷者の携帯品は病室から橇へ運ばれた。銃も、背嚢も、実弾の這入っている弾薬盒も浦潮まで持って行くだけであとは必要がなくなるのだ。とうとう本当にいの・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ モスクワ河が凍って、その上を絶間なく人や馬橇が通っていた。氷の穴から釣糸を垂れている者がある。黒い外套の裾からいろんな色の木綿更紗のスカートを出した女達が五六人かたまって厚い氷をわり、洗濯ものを籠から出してはゆすいでいた。何かの染色が・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 犬の引く小さい運搬用橇 石炭をつんでゆく馬橇 女のカクマキ姿 空、晴れてもあの六七月頃の美しさなく、煙突から出る煤で曇って居る。 雪をかきわけて狭くつけた道にぞろぞろ歩く人出。 冬ごもり ○自由・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 中央電信局の建築が、ほとんどできあがった。材料置場の小舎を雪がおおっている。トタンの番小屋のきのこ屋根も白くこおっている。 ――ダワイ! ダワイ! ダワイ! 馬橇が六台つながって、横道へはいってきた。セメント袋をつんでいる。工・・・ 宮本百合子 「モスクワ印象記」
出典:青空文庫