・・・その時また村の方から、勇しい馬蹄の響と共に、三人の将校が近づいて来た。騎兵はそれに頓着せず、まっ向に刀を振り上げた。が、まだその刀を下さない内に、三人の将校は悠々と、彼等の側へ通りかかった。軍司令官! 騎兵は田口一等卒と一しょに、馬上の将軍・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・たいしたえらいものではないからあるいは真物かもしれないという気で、北馬蹄斎の浮世絵も見せたが、やはり同じ運命であった。こればかしは、――これで往復の費用を出さねばならぬというので桐箱からとりだした蕃山の手紙は、ちょっと展げてみて、「おや……・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 森の樹枝を騒がして、せわしい馬蹄の音がひびいてきた。蹄鉄に蹴られた礫が白樺の幹にぶつかる。馬はすぐ森を駈けぬけて、丘に現れた。それには羊皮の帽子をかむり、弾丸のケースをさした帯皮を両肩からはすかいに十文字にかけた男が乗っていた。 ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 〔已に見る秋風 白蘋に上り 青衫又汚二馬蹄塵一。 青衫又た馬蹄の塵に汚る月明今夜消魂客。 月明るく 今夜 消魂の客昨日紅楼爛酔人。 昨日は紅楼に爛酔するの人年来多病感二前因一。 年来 多病にして前因を・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・指環の輝くやさしい白い手の隣りには馬蹄のように厚い母指の爪が聳えている。垢だらけの綿ネルシャツの袖口は金ボタンのカフスと相接した。乗換切符の要求、田舎ものの狼狽。車の中は頭痛のするほど騒しい中に、いつか下町の優しい女の話声も交るようになった・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫