・・・ 立花も莞爾して、「どうせ、騙すくらいならと思って、外套の下へ隠して来ました。」「旨く行ったのね。」「旨く行きましたね。」「後で私を殺しても可いから、もうちと辛抱なさいよ。」「お稲さん。」「ええ。」となつかしい低・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・医者に騙されたという彼は、固より余を騙すつもりでこういう言葉を発したのである。彼の死ぬ時には、こういう言葉を考える余地すら余に与えられなかった。枕辺に坐って目礼をする一分時さえ許されなかった。余はただその晩の夜半に彼の死顔を一目見ただけであ・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・ある時はどこかの見せ物小屋の前に立って客を呼んでいることもあるが、またある時は何箇月立っても職業なしでいて、骨牌で人を騙す。どうかすると二三日くらい拘留せられていることもある。そんな時は女房が夜も昼も泣いている。拘留場で横着を出すと、真っ暗・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫