・・・博文館は少くも世間を騒がし驚かした一事に於て成功した。小生は此の「大家論集」の愛読者であった。小生ばかりでなく、当時の貧乏なる読書生は皆此の「大家論集」の恩恵を感謝したであろう。 博文館が此の揺籃地たる本郷弓町を離れて日本橋の本町――今・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・そのことは私を充分驚かした。私は考えた。おそらく私の留守中誰も窓を明けて日を入れず火をたいて部屋を温めなかった間に、彼らは寒気のために死んでしまったのではなかろうか。それはありそうなことに思えた。彼らは私の静かな生活の余徳を自分らの生存の条・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・「人に驚かして貰えばしゃっくりが止るそうだが、何も平気で居て牛肉が喰えるのに好んで喫驚したいというのも物数奇だねハハハハ」と綿貫はその太い腹をかかえた。「イヤ僕も喫驚したいと言うけれど、矢張り単にそう言うだけですよハハハハ」「唯・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・は墨より黒くしていずくに山ありとも日ありとも見えわかず、天地一つに昏くなりて、ただ狂わしき雷、荒ぶる雨、怒れる風の声々の乱れては合い、合いてはまた乱れて、いずれがいずれともなく、ごうごうとして人の耳を驚かし魂をおびやかすが中に、折々雲裂け天・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・海上の船から山中の庵へ米苞が連続して空中を飛んで行ってしまったり、紫宸殿を御手製地震でゆらゆらとさせて月卿雲客を驚かしたりなんどしたというのは活動写真映画として実に面白いが、元亨釈書などに出て来る景気の好い訳は、大衆文芸ではない大衆宗教で、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・時には白いハンケチで鼠を造って、それを自分の頭の上に載せて、番頭から小僧まで集まった仕事場を驚かしたこともある。あんなことをして皆を笑わせた滑稽が、まだまだ自分の気の確かな証拠として役に立ったのか、「面白いおばあさんだ」として皆に迎えられた・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・馬場裏を一つ驚かしてくれようと言ったような学士等の紅い磊落な顔がその灯に映った。二人とも脚絆に草履掛という服装だ。「これ、水でも進げナ」 と、高瀬が妻に吟附けた。 お島はやや安心して、勝手口のほうから水を持って来た。学士は身体の・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・AMADEUS HOFFMANN 路易第十四世の寵愛が、メントノン公爵夫人の一身に萃まって世人の目を驚かした頃、宮中に出入をする年寄った女学士にマドレエヌ・ド・スキュデリイと云う人があった。「労働」KARL SCHOENHERR・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・なにも一目盛の晩酌を、うらやましがる人も無いのに、そこは精神、吝嗇卑小になっているものだから、それこそ風声鶴唳にも心を驚かし、外の足音にもいちいち肝を冷やして、何かしら自分がひどい大罪でも犯しているような気持になり、世間の誰もかれもみんな自・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・後年世界を驚かした仕事はもうこの時から双葉を出し初めていたのである。 彼の公人としての生涯の望みは教員になる事であった。それでチューリヒのポリテキニクムの師範科のような部門へ入学して十七歳から二十一歳まで勉強した。卒業後彼をどこかの大学・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫