・・・ それほど見るもの聴くものが、驚嘆すべきことばかりなのだ。しかも、驚嘆すべきことが、応接にいとまのないくらい、目まぐるしく表情を変えて、あわただしいテンポで私たちを襲っている昨日今日、いちいち莫迦正直に驚いていた日には、明日の神経がはや・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・森鴎外や芥川龍之介は驚嘆すべき読書家だ、書物を読むと眼が悪くなる、電車の中や薄暗いところで読むと眼にいけない、活字のちいさな書物を読むと近眼になるなどと言われて、近頃岩波文庫の活字が大きくなったりするけれど、この人達は電車の中でも読み、活字・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・ 神明を叱咤するの権威には、驚嘆せざるを得ぬではないか。 急を聞いて馳せつけた四条金吾が日蓮の馬にとりついて泣くのを見て、彼はこれを励まして、「この数年が間願いし事是なり。此の娑婆世界にして雉となりし時は鷹につかまれ、鼠となりし時は・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・文楽は学生時代にいちど見たきりで、ほとんど十年振りだったものですから、れいの栄三、文五郎たちが、その十年間に於いて、さらに驚嘆すべき程の円熟を芸の上に加えたであろうと大いに期待して出かけたわけですが、拝見するに少しも違っていない。十年前と、・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・当時の甘い批評家たちが、女の作家の二、三の著書に就いて、女性特有の感覚、女で無ければ出来ぬ表現、男にはとてもわからぬ此の心理、などと驚歎の言辞を献上するのを見て、彼はいつでも内心、せせら笑って居りました。みんな男の真似ではないか。男の作家た・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私が、あなたのお手紙の、ほとんど暴力に近い、それこそ実も蓋も無い素朴な表現に驚嘆したのも、たしかな事実でありますが、その表現せられている御意見には、一つも啓発せられるところが無かったというのも事実でありました。いまさら何を言っていやがると思・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・尼寺のおばさん達が、表面に口小言を言って、内心に驚歎しながら、折々送ってくれる補助金を加えても足らない。ウィイン市内で金貸業をしているものは多いが、一人としてポルジイと取引をしたことのないものはない。いざ金がいるとなると、ポルジイはどんな危・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ ロシア崇拝の映画人が神様のようにかつぎ上げているかのエイゼンシュテインが、日本固有芸術の中にモンタージュの真諦を発見して驚嘆すると同時に、日本の映画にはそれがないと言っているのは皮肉である。彼がどれだけ多くの日本映画を見てそう言ったか・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ これらの原始的なしかし驚嘆すべき計量単位の巧妙な系統によって、われわれの祖先は遠い昔から立派な力学的世界像を構成していた。近ごろになってわれわれはそれを少しばかり整理しみがき上げて、そうしていかめしい学という名をつけたのである。 ・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ 数の少ないのはいいとしても、花らしい花の絵の少ないのにも驚嘆させられる。多くの画家は花というものの意味がまるでわからないのではないかという失礼千万な疑いが起こるくらいである。花というものは植物の枝に偶然に気まぐれにくっついている紙片や・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
出典:青空文庫