・・・ 実際この二世紀以前の建築は自分に対して明治と称する過渡期の芸術家に対して、数え尽されぬほどいかに有益なる教訓と意外なる驚嘆の情とを与えてくれたか分らない。 自分はもしかの形式美の詩人テオフィル・ゴオチエエが凡そ美しき宇宙の現象・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ マードック先生のわれら日本人に対する態度はあたかも動物学者が突然青く変化した虫に対すると同様の驚嘆である。維新前は殆んど欧洲の十四世紀頃のカルチュアーにしか達しなかった国民が、急に過去五十年間において、二十世紀の西洋と比較すべき程度に・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・これが始めに徒歩旅行を見た時に余が驚嘆して措かなかった所以である。つまり徒歩旅行は必要と面白味とを兼ね備えたもので、新聞記者の紀行としては理想の極点に達したというても善い位であると思う。 去年この紀行が『二六新報』に出た時は炎天の候であ・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・農民四、五(驚嘆この人ぁ医者ばかりだなぃ。八卦も置ぐようだじゃ。」爾薩待「ここに証明書がありますからね、こいつをもって薬屋へ行って亜砒酸を買って、水へとかして稲に掛けるんです。ええと、お二人で三円下さい。」農民四、五「どうもおあ・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・ プロレタリア革命の勝利は、ソヴェト市民、あらゆる働く男女と子供との些細な日常生活までを、どんな驚歎すべき現実的な力で、改善したか。そのことについてハッキリ理解しているだろうか? ソヴェト同盟が経つつある道は、ひとの道ではない。我等の道・・・ 宮本百合子 「若者の言葉(『新しきシベリアを横切る』)」
・・・ あまりきっちりきっちりして居るところに驚くべき美がないと同時に、驚歎するだけの生活もないものである。 宇宙の真、美が、すべて直線で定規で引いた様には出来て居ない。 ――○―― 自分の専門以外の事について、あ・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・その服を着て、海老茶色のラシャで底も白フェルトのクツをはいた二十九歳の母が、柔かい鍔びろ経木帽に水色カンレイシャの飾りのついたのをかぶって俥にのって出かけたとき、三人の子供たちと家のものとは、美しさを驚歎してその洋服姿を見送った。若い母は、・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・私はその驚嘆すべき誠実のゆえにのみ彼らの前にひざまずく。 そして私は自分に聞く。――お前は誠実か。お前の努力は最大限まで行っているか。それが自欺でない証拠はどこにあるのだ。七 人生は戦いである。そして戦いの大小深浅がまた・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・そういう味わいに最初に接した時の驚嘆――「あの驚嘆を再びすることができるなら、私はどんなことでも犠牲にする」。この言葉は今でも自分の耳に烙きついている。先生は別にそれを強めて言ったわけでもなければまた特に注意をひくような身ぶりをもって言った・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
・・・私は全く驚嘆の情に捕えられてしまった。 が、この時の驚嘆の情は、ただ自然物としての蓮の花の形や感触によってのみ惹き起こされたのではなかった。蓮の花の担っている象徴的な意義が、この花の感覚的な美しさを通じて、猛然と襲いかかって来たのである・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫