・・・ニイチェの驚異は、一つの思想が幾つも幾つもの裏面をもち、幾度それを逆説的に裏返しても、容易に表面の絵札が現れて来ないことである。我々はニイチェを読み、考へ、漸く今、その正しい理解の底に達し得たと安心する。だがその時、もはやニイチェはそれを切・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値する世界自身の発展であって、けっして畸形に捏ねあげられた煤色のユートピアではない。三 これらはけっして偽でも仮空でも窃盗でもない。多少の再度の内省と分析とはあっても、たしかにこのと・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・という集団的労作を子供らがみずから分業に組織したことを驚異した佐田が、そこから生産労働の分業について子供らに話しはじめれば、当然資本主義社会における矛盾形態としての分業の説明が必要となることを感じる。佐田は蟻の話と工場の話とを対照させる。児・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・その日本の感性的な知性が西欧のルネッサンスおよびそれ以後の人間開花の美に驚異したのが「白樺」の基調であった。 繋がれているものにとって、翔ぶという思いの切なさは、いかばかりだろう。低くあらしめられて、思いの鬱屈している精神にとって、高ま・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ ソヴェト同盟の労働者、農民は社会主義生産を高めることによって、自身の文化を驚異的に高めつつある。ところが、階級が文化的に高まれば高まる程、彼等が知るのはその様に文化的発展を遂げさせる基礎としてのソヴェト同盟の社会主義生産の価値だ。愈々・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・憎悪を帯びた驚異の目とでも言おうか。しかし佐佐は何も言わなかった。 次いで佐佐は何やら取調役にささやいたが、まもなく取調役が町年寄に、「御用が済んだから、引き取れ」と言い渡した。 白州を下がる子供らを見送って佐佐は太田と稲垣とに向い・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・ 庄兵衛は今さらのように驚異の目をみはって喜助を見た。この時庄兵衛は空を仰いでいる喜助の頭から毫光がさすように思った。 ―――――――――――――――― 庄兵衛は喜助の顔をまもりつつまた、「喜助さん」と呼びかけた。・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・しかしそれを目の前にまざまざと見たときには、思わず驚異の情に打たれぬわけには行かなかった。私は永いなじみの間に、このような地下の苦しみが不断に彼らにあることを、一度も自分の心臓で感じたことがなかったのである。彼の苦しみの声を聞いたのは、時お・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・科学の道に入れば彼は自然と人生とに現われた微妙な法則に驚異してある知られざる力に衝き当たらずにはいられない。哲学者としては彼は生命の創造力の無限に驚いて人智のかなたに広い世界を認めることになる。――偶像は再び求められるのである。 神は再・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・ 私は、昔ながらの山野と矮屋とを見慣れた我々の祖先が、かつて夢みたこともない壮大な伽藍の前に立った時の、甚深な驚異の情を想像する。 伽藍はただ単に大きいというだけではない。久遠の焔のように蒼空を指さす高塔がある。それは人の心を高・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫