・・・ 物の枯れてゆく香いが空気の底に澱んで、立木の高みまではい上がっている「つたうるし」の紅葉が黒々と見えるほどに光が薄れていた。シリベシ川の川瀬の昔に揺られて、いたどりの広葉が風もないのに、かさこそと草の中に落ちた。 五、六丁線路を伝・・・ 有島武郎 「親子」
・・・黒石でつつまれた高みの上に、りっぱな赤松が四、五本森をなして、黄葉した櫟がほどよくそれにまじわっている。東側は神社と寺との木立ちにつづいて冬のはじめとはいえ、色づいた木の葉が散らずにあるので、いっそう景色がひきたって見える。「じいさん、・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・町の高みには皇族や華族の邸に並んで、立派な門構えの家が、夜になると古風な瓦斯燈の点く静かな道を挾んで立ち並んでいた。深い樹立のなかには教会の尖塔が聳えていたり、外国の公使館の旗がヴィラ風な屋根の上にひるがえっていたりするのが見えた。しかしそ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・それらの人家から見れば、自分は高みの舞台で一人滑稽な芸当を一生懸命やっているように見えるにちがいなかった。――誰も見ていなかった。変な気持であった。 自分の立ち上ったところはやや安全であった。しかし自分はまだ引返そうともしなかったし、立・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・真と美とモラルの高みへとわれわれを引き上げてくれるのである。かような人間教育をなし得る書物こそ最良の書であり、青年がたましいを傾けて愛読すべきものである。 われわれが読書に意を注がぬことの最も恐ろしいのは、かような人間教育の書にふれる機・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ やがて自分はのこのこと物置の方へ行って、そこから稲妻の形に山へついた切道を、すたすたと片跣足のままで駈け上る。高みに立てば沖がずっと見えるのである。そして、隣村の埠頭場から出る帆があれば、それが藤さんの船だと思ったからである。上れるだ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・自分が近寄ったのも気が付かぬか、一心に拾っては砂浜の高みへ投げ上げている。脚元近く迫る潮先も知らぬ顔で、時々頭からかぶる波のしぶきを拭おうともせぬ。 何処の浦辺からともなく波に漂うて打上がった木片板片の過去の歴史は波の彼方に葬られて、こ・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・カラフトでは向こうの高みから熊に「どなられて」青くなって逃げだしたこともあるという。えらい大きな声をして二声「どなった」そうである。 テント内の夜の燈火は径一寸もあるような大きなろうそくである。風のあるときは石油ランプはかえって消えやす・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・その絵の景色には、普通日本人の頭にある京都というものは少しも出ていなくて、例えばチベットかトルキスタンあたりのどこかにありそうな、荒涼な、陰惨な、そして乾き切った土地の高みの一角に、「屋根のある棺柩」とでも云いたいような建物がぽつぽつ並んで・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・まるで丈ぐらいある草をわけて高みになったり低くなったり、どこまでも走りました。 嘉助はもう足がしびれてしまって、どこをどう走っているのかわからなくなりました。 それからまわりがまっ蒼になって、ぐるぐる回り、とうとう深い草の中に倒れて・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫