・・・彼らは農家の戸別訪問をして糧秣廠よりも遙かに高価に引受けると勧誘した。糧秣廠から買入代金が下ってもそれは一応事務所にまとまって下るのだ。その中から小作料だけを差引いて小作人に渡すのだから、農場としては小作料を回収する上にこれほど便利な事はな・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・しかしこの議論には、詩そのものを高価なる装飾品のごとく、詩人を普通人以上、もしくは以外のごとく考え、または取扱おうとする根本の誤謬が潜んでいる。同時に、「現代の日本人の感情は、詩とするにはあまりに蕪雑である、混乱している、洗練されていない」・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 世の中、米は高価にて、お犬も人の恐れざりしか。明治四十三年九月・十一月 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・酒は高価え、いや、しかし、見事だ。ああ、うめえ。万屋 くだらない事を言いなさるな、酔ったな、親仁。……人形使 これというも、酒の一杯や二杯ぐれえ、時たま肥料にお施しなされるで、弘法様の御利益だ。万屋 詰らない世辞を言いなさんな。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・と生前豪語していた通りに十四、五年来著るしく随喜者を増し、書捨ての断片をさえ高価を懸けて争うようにもてはやされて来た。 椿岳の画は今の展覧会の絵具の分量を競争するようにゴテゴテ盛上げた画とは本質的に大に違っておる。大抵は悪紙に描きなぐっ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 紳士は、高価な金を払って、しんぱくを車の中へ持ち込みました。このとき、しんぱくは、命を賭けて取り、育ててくれたほどの人が、金銭で売ってしまった、その愛について疑わずにはいられなかったのでした。しかし、これが人間社会の掟でもあろうかと思・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・必ずしも、それは、高価な楽器たるを要しない。また、それを弾ずる人の名手たるを要しない。無心に子供の吹く笛のごときであってもいゝ。また、林に鳴る北風の唄でもいゝ。小鳥の啼声でもいゝ。時に、私達は、恍惚として、それに聞きとられることがある。そし・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・こんなに高価なものをお礼にする必要はないのだ。どうせ、今度きた時分に、なにか持ってきてやれば、それで義理がすむのだ。」と、宝石商は考えなおしました。そして、その石をみんなもとのとおり包んで隠してしまいました。 おばあさんや、娘は、宝石商・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・どうせ、中身はたいして変らぬのだが、特製といえば、なにか治りがはやいように思って、べらぼうに高価いのに、いや、高価いだけに、一層売れた。知らぬ間に、お前は巨万の金をこしらえていたのだ。 七 おれの目的、同時にお前・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・死ぬときまった人間ならもうモルヒネ中毒の惧れもないはずだのに、あまり打たぬようにと注意するところを見れば、万に一つ治る奇蹟があるのだろうかと、寺田は希望を捨てず、日頃けちくさい男だのに新聞広告で見た高価な短波治療機を取り寄せたり、枇杷の葉療・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫