・・・それをめぐって黄ばんだ葭がかなしそうに戦いて、その間からさびしい高原のけしきがながめられる。 ほおけた尾花のつづいた大野には、北国めいた、黄葉した落葉松が所々に腕だるそうにそびえて、その間をさまよう放牧の馬の群れはそぞろに我々の祖先の水・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
場所。 信州松本、村越の家人物。 村越欣弥 滝の白糸 撫子 高原七左衛門 おその、おりく撫子。円髷、前垂がけ、床の間の花籠に、黄の小菊と白菊の大・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
秋風が吹きはじめると、高原の別荘にきていた都の人たちは、あわただしく逃げるように街へ帰ってゆきました。そのあたりには、もはや人影が見えなかったのであります。 ひとり、村をはなれて、山の小舎で寝起きをして、木をきり、炭をたいていた治・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・夜露にぬれた道ばたには、高原の秋の花が可憐な色に咲いていた。私はしみじみと秋を感じた。暦ではまだ夏だったが……。 かつて、極めて孤独な時期が私にもあった。ある夜、暗い道を自分の淋しい下駄の音をききながら、歩いていると、いきなり暗がりに木・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・その一つ開きしままに置かれ、西詩「わが心高原にあり」ちょう詩のところ出でてその中の『いざさらば雪を戴く高峰』なる一句赤き線ひかれぬ。乙女の星はこれを見て早くも露の涙うかべ、年わかき君の心のけだかきことよと言い、さて何事か詩人の耳に口・・・ 国木田独歩 「星」
・・・円錐形にそびえて高く群峰を抜く九重嶺の裾野の高原数里の枯れ草が一面に夕陽を帯び、空気が水のように澄んでいるので人馬の行くのも見えそうである。天地寥廓、しかも足もとではすさまじい響きをして白煙濛々と立ちのぼりまっすぐに空を衝き急に折れて高嶽を・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・あそこに深い谷がある、あそこに遠い高原がある、とその窓から指して言うことができた。「おかげで、いい家ができました。太郎さんにくれるのは惜しいような気がして来ました。これまでに世話してくださるのも、なかなか容易じゃありません。私もまた、時・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・蓼科の山つづきから遠い南佐久の奥の高原地がそこから望まれた。近くには士族地の一部の草屋根が見え、ところどころに柳の梢の薄く青みがかったのもある。遅い春が漸く山の上へ近づいて来た。「高瀬さん、これを一つ君に呈しましょう」 と言って先生・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ セルディス、トオキイと映画芸術(高原富士郎。佐々木能理男・飯島正、前衛映画芸術論。映画科学研究、第八輯。新撰映画脚本集、下巻。以上ただ手に触れるに任せて一読しただけのものを並べたに過ぎない。すべてが良書だというわけでは・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ この頃では夏が来るとしきりに信州の高原が恋しくなる。郭公や時鳥が自分を呼んでいるような気がする。今年も植物図鑑を携えて野の草に親しみたいと思っている。 寺田寅彦 「海水浴」
出典:青空文庫