・・・ウエークフィルドの牧師ほどの高徳の人物でさえ、そうである。いわんや私のごとき、無徳無才の貧書生は、世評を決して無視できない筈である。無視どころか、世評のために生きていた。あわれ、わが歌、虚栄にはじまり喝采に終る。年少、功をあせった形である。・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ここでも罪を犯したもののほうが善人で、高徳な僧侶のほうが悪人であった。なんとなくこういう僧侶に対する反感のこみ上げて来るのをどうする事もできなかった。尼僧の面会窓がある。さながら牢屋を思わせるような厳重な鉄の格子には、剛く冷たくとがった釘が・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・その人は果して完全高徳の人物にして、私徳公徳に欠くるところなく、もって天下衆人の尊信を博するに足るべきや。諭吉においては、文部省中にかかる人物あるべきを信ぜざるのみならず、日本国中にその有無を疑う者なり。 あるいはこの撰は、一個人の意見・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
出典:青空文庫