・・・ですから、「彼奴高慢な顔をして、出来も仕無い癖にエラがって居る、一つ苦しめて遣れ」というような事ですから、今思い出すとおかしくてならんような争い方を仕たものです。或る一人が他の一人を窘めようと思って、非常に字引を調べて――勿論平常から字引を・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・ 誰か高慢チキな意地悪と喧嘩でもしたの。」「イイヤ。」「そんなら……」「うるさいね。」「だって……」「うるさいッ。」「オヤ、けんどんですネ、人が一生懸命になって訊いてるのに。何でそんなに沈んでいるのです?」「別に・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・唐の時に温庭という詩人、これがどうも道楽者で高慢で、品行が悪くて仕様がない人でしたが、釣にかけては小児同様、自分で以て釣竿を得ようと思って裴氏という人の林に這入り込んで良い竹を探した詩がありまする。一径互に紆直し、茅棘亦已に繁し、という句が・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・息張るの高慢ぶるのという事は、わたしなんぞはとっくに忘れてしまったのだ。世に人鬼は無いものだ。つい構わずにどの内へでも這入って御覧よ。」 老人はそこの家の前に暫く立っていて、また戸口と窓とを眺めた。そのうちに老人の日に焼けた顔が忽ち火の・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・けれどもその高慢にして悧※、たとえば五月の青葉の如く、花無き清純のそそたる姿態は、当時のみやび男の一、二のものに、かえって狂おしい迄の魅力を与えた。 アグリパイナは、おのれの仕合せに気がつかないくらいに仕合せであった。兄は、一点非なき賢・・・ 太宰治 「古典風」
・・・鶴は熱狂的に高慢であった。云々。暑中休暇がおわって、十月のなかば、みぞれの降る夜、ようやく脱稿した。すぐまちの印刷所へ持って行った。父は、彼の要求どおりに黙って二百円送ってよこした。彼はその書留を受けとったとき、やはり父の底意地のわるさを憎・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・れいの冷い、高慢な口調である。「何を言っているのです。きざな事を言ってはいけません。草田さんも閉口していましたよ。玻璃子ちゃんのいるのをお忘れですか?」「アパートを捜しているのですけど、」夫人は、僕の言葉を全然黙殺している。「このへ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・そりゃ高慢になった。来た。そりゃ見せびらかす。チルナウエルの身になっては、どうして好いか分からない。 竜騎兵中尉も消え失せたようにいなくなった。いつも盛んな事ばかりして、人に評判せられたものが、今はどこにいるか、誰も知らない。 ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ なんだか夢のような話であるが、しかし百年たたないうちにそんな新詩形が東洋の日本で生まれ出て、それが西洋へ輸入され、高慢な西洋人がびっくりしてそうして争ってまねをはじめるということにならないとも限らない。 九 短・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・もし事情が許せば、静かなこの町で隠逸な余生を楽しむ場合、陽気でも陰気でもなく、意気でも野暮でもなく、なおまた、若くもなく老けてもいない、そしてばかでも高慢でもない代りに、そう悧巧でも愚図でもないような彼女と同棲しうるときの、寂しい幸福を想像・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫