・・・ これに悚然とした状に、一度すぼめた袖を、はらはらと翼のごとく搏いたのは、紫玉が、可厭しき移香を払うとともに、高貴なる鸚鵡を思い切った、安からぬ胸の波動で、なお且つ飜々とふるいながら、衝と飛退くように、滝の下行く桟道の橋に退いた。 ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・しかるに、その子供に人生の希望と高貴な感激を与えて、真に愛育することを忘れて、つまらぬ虚栄心のために、むずかしいと評判されるような学校へ入れようとしたり、子供の力量や、健康も考えずに、顔さえ見れば、勉強! 勉強! というが如きは、却って、其・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・子供が彼等を見、彼等に対する考えこそ、人間として、一番高貴な、同情深い、且つ道義的のものではないでしょうか。 たとえば、屠殺場へ引かれて行く、歩みの遅々として進まない牛を見た時、或は多年酷使に堪え、もはや老齢役に立たなくなった、脾骨の見・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・柔和に構えて、チンとすましていられると、その剣のある眼つきが却って威を示し、何処の高貴のお部屋様かと受取られるところもある。「イイえどう致しまして」とお政は言ったぎり、伏目になって助の頭を撫でている。母はちょっと助を見たが、お世辞にも孫・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 室の下等にして黒く暗憺なるを憂うるなかれ、桂正作はその主義と、その性情によって、すべてこれらの黒くして暗憺たるものをば化して純潔にして高貴、感嘆すべく畏敬すべきものとなしているのである。 彼は例のごとくいとも快活に胸臆を開いて語っ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・美しい娘を思うことによって、高貴なたましいになりたいと願うこころがますます刺激されるような恋愛をせよ。 音楽会に行って、美しい令嬢のピアノを弾いた知性と魅力のある姿を見た。あるいは席にこぼれ、廊下を歩く娘たちの活々とした、しかし礼儀ある・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・しかし一度視角を転じて、ニイチェ的な暗示と、力調とのある直観的把握と高貴の徳との支配する世界に立つならば、日蓮のドグマと、矜恃と、ある意味で偏執狂的な態度とは興味津々たるものがあるのである。われわれは予言者に科学者の態度を要求してはならない・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ ファン・エックの聖母は高貴な瓔珞をいただいているが子どもにはぐくませる乳房のふくらみなく、その手は細く、しなやかであるが、抱いてる子どもの重さにもたえそうにもない。これに反しデューラーのマリアは貧しい頭巾をかぶっているが乳房は健かにふ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ も一ツ古い談をしようか、これは明末の人の雑筆に出ているので、その大分に複雑で、そしてその談中に出て来る骨董好きの人や骨董屋の種の性格風ふうぼうがおのずと現われて、かつまた高貴の品物に搦む愛着や慾念の表裏が如何様に深刻で険危なものである・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・知行も絶え絶えで、如何に高貴の身分家柄でも生活さえ困難であった。織田信長より前は、禁庭御所得はどの位であったと思う。或記によればおよそ三千石ほどだったというのである。如何に簡素清冷に御暮しになったとて、三千石ではどうなるものでもない。まして・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
出典:青空文庫