・・・ が、泰さんは一向無頓着に、その竹格子の窓の前へ立止ると、新蔵の方を振返って、「じゃいよいよ鬼婆に見参と出かけるかな。だが驚いちゃいけないぜ。」と、今更らしい嚇しを云うのです。新蔵は勿論嘲笑って、「子供じゃあるまいし。誰が婆さんくらいに・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・しかもだね、料理をするのは、もの凄い鬼婆々じゃなくって、鮹の口を尖らした、とぼけた爺さん。笑わせるな、これは願事でなくて、殺生をしない戒めの絵馬らしい。」 事情も解めている。半ば上の空でいううちに、小県のまた視めていたのは、その次の絵馬・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・近所では蝶子を鬼婆と蔭口たたいた。女給たちには面白い見もので、マスターが悪いと表面では女同志のひいきもあったが、しかし、肚の中ではどう思っているか分らなかった。 蝶子は「娘さんを引き取ろうや」とそろそろ柳吉に持ちかけた。柳吉は「もう・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・どうせ私は鬼婆だから私が何か言うと可怕いだろうよ」 何と言われても一方は泣くばかり、母は一人で並べている。「だから出来なきゃ出来ないと言って寄こせば可いんだ。新町から青山くんだりまで三円ばかしのお金を取りに来るような暇はない身体です・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・あなただけ優しくて、私ひとりが鬼婆みたいに見られるの、いやだから、私、知らん振りしていたの。」「お金が、惜しいんだ、四円とは、ひどいじゃないか。煮え湯を呑ませられたようなものだ。詐欺だ。僕は、へどが出そうな気持だ。」「いいじゃないの・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 笠を被り、泥まびれでガワガワになったもんぺを穿いた彼女が、草鞋がけでたくさんな男達を指揮し出すのを見ると、近所の者は皆、「あれまあ御覧よ、 また海老屋の鬼婆さんが始まったよ」と、あきれ返ったような調子で云う。 自分が鬼・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫