・・・「倭将は鬼神よりも強いと云うことじゃ。もしそちに打てるものなら、まず倭将の首を断ってくれい。」 倭将の一人――小西行長はずっと平壌の大同館に妓生桂月香を寵愛していた。桂月香は八千の妓生のうちにも並ぶもののない麗人である。が、国を憂う・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・昔は煙客翁がいくら苦心をしても、この図を再び看ることは、鬼神が悪むのかと思うくらい、ことごとく失敗に終りました。が、今は王氏の焦慮も待たず、自然とこの図が我々の前へ、蜃楼のように現れたのです。これこそ実際天縁が、熟したと言う外はありません。・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・これを強いて一纏めに命名すると、一を観音力、他を鬼神力とでも呼ぼうか、共に人間はこれに対して到底不可抗力のものである。 鬼神力が具体的に吾人の前に現顕する時は、三つ目小僧ともなり、大入道ともなり、一本脚傘の化物ともなる。世にいわゆる妖怪・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ が、鬼神の瞳に引寄せられて、社の境内なる足許に、切立の石段は、疾くその舷に昇る梯子かとばかり、遠近の法規が乱れて、赤沼の三郎が、角の室という八畳の縁近に、鬢の房りした束髪と、薄手な年増の円髷と、男の貸広袖を着た棒縞さえ、靄を分けて、は・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 魔は――鬼神は――あると見える。 附言。 今年、四月八日、灌仏会に、お向うの遠藤さんと、家内と一所に、麹町六丁目、擬宝珠屋根に桃の影さす、真宝寺の花御堂に詣でた。寺内に閻魔堂がある。遠藤さんが扉を覗いて、袖で拝んで、「・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・で、薄の裾には、蟋蟀が鳴くばかり、幼児の目には鬼神のお松だ。 ぎょっとしたろう、首をすくめて、泣出しそうに、べそを掻いた。 その時姉が、並んで来たのを、衝と前へ出ると、ぴったりと妹をうしろに囲うと、筒袖だが、袖を開いて、小腕で庇って・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・祇尼は保食神どころではない、本来餓鬼のようなもので、死人の心をかんしょくしたがっている者なのであるが、他の大鬼神に敵わないので、六ヶ月前に人の死を知り、先取権を確立するものであり、なかなか御稲荷様のような福ふくふくしいものではないのである。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・……汝盾を執って戦に臨めば四囲の鬼神汝を呪うことあり。呪われて後蓋天蓋地の大歓喜に逢うべし。只盾を伝え受くるものにこの秘密を許すと。南国の人この不祥の具を愛せずと盾を棄てて去らんとすれば、巨人手を振って云う。われ今浄土ワルハラに帰る、幻影の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・我が国において、鬼神幽冥の妄説は、多くは仏者の預るところとなりて、もっぱら社会に流行したることなれども、三百年来、儒者の道、ようやく盛にして、仏者に抗し、これに抗するの余りに、しきりに幽冥の説を駁して、ついには自家固有の陰陽五行論をも喋々す・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・慨激烈の歌も詠み、和暢平遠の歌も詠み、家屋の内をも歌に詠み、広野の外をも歌に詠み、高山彦九郎をも詠み、御魚屋八兵衛をも詠み、侠家の雪も詠み、妓院の雪も詠み、蟻も詠み、虱も詠み、書中の胡蝶も詠み、窓外の鬼神も詠み、饅頭も詠み、杓子も詠む。見る・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫