・・・そんな入らざる真似を致したかと申しますと、恵印は日頃から奈良の僧俗が何かにつけて自分の鼻を笑いものにするのが不平なので、今度こそこの鼻蔵人がうまく一番かついだ挙句、さんざん笑い返してやろうと、こう云う魂胆で悪戯にとりかかったのでございます。・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした魂胆に就いては、しばらくおくとしても、あの仰々しい施薬広告はいった・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ それは大事な魂胆をお聞き及びになりましたので、と熱心に傾聴したる三好は顔を上げて、してそのことはどのような条規を具えているものに落札することになりましょうか。 さあその条規も格別に、これとむつかしいことはなく、ただその閣令を出す必・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換え、紺足袋をすらりと脱ぎ捨て白足袋をきちんと履いて水際立ったお使者振りを示そうという魂胆であったが、これは完全に失敗した。省線は五反田で降りて、それから小坂氏の書いて下さった略図をたよりに、十丁ほど歩いて・・・ 太宰治 「佳日」
・・・うに巧い結末を告げるときもあれば、また、――おれが、どのように恥かしくて、この押入れの前に呆然たちつくして居るか、穴あればはいりたき実感いまより一そう強烈の事態にたちいたらば、のこのこ押入れにはいろう魂胆、そんなばかげた、いや、いや、それも・・・ 太宰治 「創生記」
・・・けれども先生には、どのような深い魂胆があるのか、わかったものでない。油断がならぬ。「この釜は、」と私はその由緒をお尋ねしようとしたが、なんと言っていいのか見当もつかない。「ずいぶん使い古したものでしょう。」まずい事を言った。「つまら・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・みなさんに忘れられないように私の勉強ぶりをときたま、ちらっと覗かせてやろうという卑猥な魂胆のようである。虚栄の市 デカルトの「激情論」は名高いわりに面白くない本であるが、「崇敬とはわれに益するところあらむと願望する情の謂いで・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・これの高じたものが沈没船引上げの魂胆となるのである。 大して金儲けには関係はないが、『織留』の中にある猫の蚤取法や、咽喉にささった釣針を外ずす法なども独創的巧智の例として挙げたものと見られる。 それはとにかく西鶴のオリジナリティーの・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ お金奴、あらいざらいの勘定をさせる魂胆なんやから、素手でも行かれんわな。 お節は、いざ栄蔵が行くとなると、ぜひ持たしてやらなければならない金高を胸算用した。 汽車賃、小使い、お君へかかったものの勘定、あれやこれやではなかな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・を日本共産党再建の中心のように書き立てた魂胆も同じくここにあります。文化団体は合法的でやッつける口実がない。だから、そういう風に問題をこんぐらかし、大衆の目に何が何だか判らなくしておいて、かげで軍事的暴圧を振うのです。 八十日の間、私と・・・ 宮本百合子 「逆襲をもって私は戦います」
出典:青空文庫