・・・ 表に夫人の打微笑む、目も眉も鮮麗に、人丈に暗の中に描かれて、黒髪の輪郭が、細く円髷を劃って明い。 立花も莞爾して、「どうせ、騙すくらいならと思って、外套の下へ隠して来ました。」「旨く行ったのね。」「旨く行きましたね。」・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・俺たちが見れば、薄暗い人間界に、眩い虹のような、その花のパッと咲いた処は鮮麗だ。な、家を忘れ、身を忘れ、生命を忘れて咲く怪しい花ほど、美しい眺望はない。分けて今度の花は、お一どのが蒔いた紅い玉から咲いたもの、吉野紙の霞で包んで、露をかためた・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・無憂樹の花、色香鮮麗にして、夫人が無憂の花にかざしたる右の手のその袖のまま、釈尊降誕の一面とは、ともに城の正室の細工だそうである。 面影も、色も靉靆いて、欄間の雲に浮出づる。影はささぬが、香にこぼれて、後にひかえつつも、畳の足はおのずか・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ こんな時は、時々ばったりと往来が途絶えて、その時々、対合った居附の店の電燈瓦斯の晃々とした中に、小僧の形や、帳場の主人、火鉢の前の女房などが、絵草子の裏、硝子の中、中でも鮮麗なのは、軒に飾った紅入友染の影に、くっきりと顕れる。 露・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 今言ったその運転手台へ、鮮麗に出た女は、南部の表つき、薄形の駒下駄に、ちらりとかかった雪の足袋、紅羽二重の褄捌き、柳の腰に靡く、と一段軽く踏んで下りようとした。 コオトは着ないで、手に、紺蛇目傘の細々と艶のあるを軽く持つ。 ち・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・そうして、終に、死は、鮮麗な曙のように、忽然として彼女の面上に浮き上った。 ――これだ。 彼は暫く、その眼前に姿を現わした死の美しさに、見とれながら、恍惚として突き立っていた。と、やがて彼は一枚の紙のようにふらふらしながら、花園の中・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫