・・・ すっかりまるはだかにされた樹々が、一枚の葉さえないような太い枝を、ブッツリ中途から切られて、寒げに灰色の空に立つ様子。塒を奪われた烏共が、夕方になると働いている者の頭の上に、高く低く飛び交いながら鳴くのなどをみると、禰宜様宮田は振り上・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 今夜は何処で塒を見つけるのかな。心配するのは人間の心持だ。自然は豊富に、枝の茂み葉のかさなりを持っている。私は硝子戸を静にあけ、外を見た。暗い。室内からさす燈火のかげで、近い樹木の葉が一部分光る。軽く風が吹いた。梢が動く。動く梢のどこ・・・ 宮本百合子 「春」
・・・文学は、小市民的な身辺小説の歴史的な塒から、よしや今宵の枝のありかを知らないでも、既に飛び立たざるを得なくなって来ている。 国民文学の声々は、それらの飛び立った作家たちが、群をはなれぬよう心をつかいつつ而もその群の範囲ではめいめいの方向・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・その内、台所の土間の隅に棚のあるのを見附けて、それへ飛び上がろうとする。塒を捜すのである。石田は別当に、「鳥を寝かすようにして遣れ」と云って居間に這入った。 翌日からは夜明に鶏が鳴く。石田は愉快だと思った。ところが午後引けて帰って見ると・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・なにがしという一人の家を囲みたるおり、鶏の塒にありしが、驚きて鳴きしに、主人すは狐の来しよと、素肌にて起き、戸を出ずる処を、名乗掛けて唯一槍に殺しぬ。六郎が父は、其夜酔臥したりしが、枕もとにて声掛けられ、忽ちはね起きて短刀抜きはなし、一たち・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫