・・・ しばらくすると、こんどは、あちらから、こちらへ、カッポ、カッポと鳴り近づくひづめの音が聞こえました。つづいて入り乱れた幾つもの音を聞いたのでありました。あちらにお姫さまがいないので、彼らはこちらにきて探すもののように思われました。・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・それと同時に、ブーンといって、バイオリンの糸の鳴り音がきこえたのであります。 少年は、はっと心に思いました。なぜならその音色は、きき覚えのあるなつかしい音色でありましたからです。 もうすこしのことに、気づかずに通り過ぎようとしました・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・ その手紙を見るなり、おれは、こともあろうに損害賠償とはなんだ、折角これまで尽して来てやったのに……と、直ぐ呶鳴り込んでやろうと思ったが、莫迦莫迦しいから、よした。実際、腹が立つというより、おかしかったのだ。五十円とはどこから割り出した・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 彼は蓄音機という綽名を持ち、一年三百六十五日、一日も欠かさず、お前たちの生命は俺のものだという意味の、愚劣な、そしてその埋め合わせといわん許りに長ったらしい、同じ演説を、朝夕二回ずつ呶鳴り散らして、年中声が涸れ、浪花節語りのように咽を・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 何一つ道具らしい道具の無い殺風景な室の中をじろ/\気味悪るく視廻しながら、三百は斯う呶鳴り続けた。彼は、「まあ/\、それでは十日の晩には屹度引払うことにしますから」と、相手の呶鳴るのを抑える為め手を振って繰返すほかなかった。「……・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 新京極に折れると、たてた戸の間から金盥を持って風呂へ出かけてゆく女の下駄が鳴り、ローラースケートを持ち出す小店員、うどんの出前を運ぶ男、往来の真中で棒押しをしている若者などが、異様な盛り場の夜更けを見せている。昼間は雑閙のなかに埋れて・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・柱鳴り瓦飛び壁落つる危急の場にのぞみて二人一室に安座せんとは。われこれを思いし時、心の冷え渡るごとき恐ろしきある者を感じぬ、貴嬢はただこの二人ただ自殺を謀りしとのみのたもうか、げに二郎と十蔵とは自殺を謀りしなるべきか。あらず、いかで自殺なる・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・――銃声は、一つまた一つ、またまた一つと、つづけてパチパチ鳴りひびいた。 大隊長と、将校は、野球の見物でもするように、面白そうに緊張していた。 ユフカは、外国の軍隊を襲撃したパルチザンが逃げこんで百姓に化けるので有名だった。そればか・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・夜半の頃おい神鳴り雨過ぎて枕に通う風も涼しきに、家居続ける東京ならねばこそと、半は夢心地に旅のおかしさを味う。 七日、朝いと夙く起き出でて、自ら戸を繰り外の方を見るに、天いと美わしく横雲のたなびける間に、なお昨夜の名残の電光す。涼しき中・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 墓場のそばを帆走って行く時、すべての鐘は鳴りましたが、それはすこしも悲しげにはひびきませんでした。 船がだんだん遠ざかってフョールドに来てみますと、そこからは太洋の波が見えました。 むすめはかくまで海がおだやかで青いのに大喜び・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫