・・・黄八丈、蚊がすり、藍みじん、麻の葉、鳴海しぼり。かつて実物を見たことがなくても、それでも、模様が、ありありと眼に浮ぶから不思議である。これをこそ、伝統のちからというのであろう。 すこし調子が出て来たぞと思ったら、もう八枚である。指定・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・ きのう来ていただいたお医者さんは、弘前の鳴海内科の院長さんよ。それでね、お父さんがきょう、鳴海先生のとこへお薬をもらいに行ったの。 睦子がいないと、淋しい。 静かでかえっていいじゃないの。でも、子供ってずいぶん現金なものねえ。おば・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・その自然木の彎曲した一端に、鳴海絞りの兵児帯が、薩摩の強弓に新しく張った弦のごとくぴんと薄を押し分けて、先は谷の中にかくれている。その隠れているあたりから、しばらくすると大きな毬栗頭がぬっと現われた。 やっと云う掛声と共に両手が崖の縁に・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・私とお敬ちゃんは、紫檀の机によっかかって二人ともおそろいの鳴海の浴衣に帯を貝の口にしめて居る。紺の着物の地から帯の桃色がういて居る。「ほんとうにしずかだ事、去年もいつだったかこんな日があったっけ、覚えてる?」 私はほんとうに好い気持・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・さて軍勢を催促して鳴海まで出ると、秀吉の使が来て、光秀の死を告げた。 家康が武田の旧臣を身方に招き寄せている最中に、小田原の北条新九郎氏直が甲斐の一揆をかたらって攻めて来た。家康は古府まで出張って、八千足らずの勢をもって北条の五万の兵と・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫