・・・するとその農家の爺さんと婆さんが気の毒がって、ありあわせの秋刀魚を炙って二人の大名に麦飯を勧めたと云います。二人はその秋刀魚を肴に非常に旨く飯を済まして、そこを立出たが、翌日になっても昨日の秋刀魚の香がぷんぷん鼻を衝くといった始末で、どうし・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・喰い残りの麦飯なりとも一椀を恵み給わばうれしかるべしとて肩の荷物を卸せば十二、三の小娘来りて洗足を参らすべきまでもなし。この風呂に入り給えと勧められてそのまま湯あみすれば小娘はかいがいしく玉蜀黍の殻を抱え来りて風呂にくべなどするさまひなびた・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・宮城刑務所にいた市川正一が、すっかり歯をわるくしたのに治療をうけられず、麦飯を指でこねつぶして食べていた。そうして生きようと努力していた。が、最後には僅か九貫目の体重になって死んだ。戸坂潤は、栄養失調から全身疥癬に苦しめられて命をおとした。・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫