・・・川をはさんだ山は紅葉と黄葉とにすきまなくおおわれて、その間をほとんど純粋に近い藍色の水が白い泡を噴いて流れてゆく。 そうしてその紅葉と黄葉との間をもれてくる光がなんとも言えない暖かさをもらして、見上げると山は私の頭の上にもそびえて、青空・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・木立ちはいまさかんに黄葉しているが、落ち葉も庭をうずめている。右手な神社のまた右手の一角にまっ黒い大石が乱立して湖水へつきいで、そのうえにちょっとした宿屋がある。まえはわずかに人の通うばかりにせまい。そこに着物などほしかけて女がひとり洗濯を・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・満目黄葉の中緑樹を雑ゆ。小鳥梢に囀ず。一路人影なし。独り歩み黙思口吟し、足にまかせて近郊をめぐる」同二十二日――「夜更けぬ、戸外は林をわたる風声ものすごし。滴声しきりなれども雨はすでに止みたりとおぼし」同二十三日――「昨夜の風雨にて・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・とに染められた岩の割目を綴るわずかの紅葉はもう真紅に色づいているが、少し下がった水準ではまだようやく色づき初めたほどであり、ずっと下の方はただ深浅さまざまの緑に染め分けられ、ほんのところどころに何かの黄葉を点綴しているだけである。夏から秋へ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ いちょうの黄葉は東京の名物である。しかしいくらとっても写真にはあの美しさは出しようがない。そのいちょうも次第に落葉して、箒をたてたようなこずえにNWの木枯らしがイオリアンハープをかなでるのも遠くないであろう。そうなれば自身の寒がりのカ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ことに今年は実際に小春の好晴がつづき、その上にこの界隈の銀杏の黄葉が丁度その最大限度の輝きをもって輝く時期に際会したために、その銀杏の黄金色に対比された青空の色が一層美しく見えたのかもしれない。 そういうある日の快晴無風の午後の青空の影・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ いつであったか、街燈の照明の影響でこの木の黄葉落葉に遅速があるということが、どこかの通俗科学雑誌の紙上で問題になったことがあるように記憶するが、しかし現在の新芽の場合では、街燈との関係はどうもあまりはっきりしないようである。 本郷・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・自分の関係しているある研究所の居室の室外にこの木の大木のこずえが見えるが、これが一様に黄葉して、それに晴天の強い日光が降り注ぐと、室内までが黄金色に輝き渡るくらいである。秋が深くなると、その黄葉がいつのまにか落ちてこずえが次第にさびしくなっ・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・午後の斜光を背後から受けてキラキラ光る薄の穂、黄葉した遠くの樹木、大根畑や菜畑の軟かい黒土と活々した緑の鮮やかな対照。 九品仏は今は殆ど廃寺に等しい。本堂の裏に三棟独立した堂宇があり、内に三対ずつの仏像を蔵している。徳川時代のものだろう・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・ 街の並木の黄葉がきれいだそうです。[自注4]ウワバミ元気のこと――「ウワバニン」の注射のために百合子は亢奮状態におかれて結果がよくなかった。そこで「ウワバミ」という家庭のアダナがついた。 十一月二十日 〔巣鴨拘・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫