・・・秋のことだから、四辺はすっかり暗い。黄葉した樹の葉と枯れ始めた草の匂いがガス燈に照らされた道に漂っている道が原っぱのようなところにひらけた。先に立って歩いていたドミトロフ君が、「鉄道線路があるから、つまずかないように!」と注意した。暫く・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・も本郷名物の一つであり、大学正門の銀杏並木も、学内の現実を、初夏はその若葉で、秋にはその黄葉で美化して見せる名物である。 本郷にはもう一つわたしにとって忘れることのできない名所がある。それは本郷区役所と並んでそびえていた本富士警察署の留・・・ 宮本百合子 「本郷の名物」
・・・ 一昨日、モスクワ地方行政部へ行った。黄葉した植込みの奥のもっと黄色い柱列を入って行って、旅券の後に添付されてるSSSL居住許可証を返して来た。桃色の大判用紙をはがすとき、掛りの男は紙を旅券につけていた赤い封蝋をこわした。封蝋はポロポロ・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・ たった五六本ほかなく、それも黄ない葉が多くなって居るのを今夜中つめたい中に置いたらどうだろう、青い細い葉柄がグンニャリと首をたれて黄葉も多くなるに違いない。 私は仕かけた筆を置いて地震戸からそとに出る。 ひどい霧だ かなり・・・ 宮本百合子 「夜寒」
・・・樹がロンドンじゅうで黄葉した。 空は灰色である。雨上りのテームズ河に潮がさし、汽船が黒、赤、白。低い黒煙とともに流れる。架橋工事の板囲から空へ突出た起重機の鉄の腕が遠く聳えるウェストミンスタア寺院の塔の前で曲っている。河岸でも葉は黄色か・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・書斎の窓をあけると、驚くような美しい黄葉が目に飛び込んで来る。一歩家の外に出ると、これまで注意しなかったいろいろな樹が、美しく紅葉しかけている。それが毎日のように変わって行く。十月の下旬になると、周囲がいかにも華やかな、刺戟の多い気分になっ・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫