・・・ 私たちの日本が、民主主義の黎明のためについやした犠牲は、なんと巨大なものであったろう。かぞえつくせない青春がきずつけられ、殺戮された。知性もうちひしがれた。民主の夜あけがきたとき、すぐその理性の足で立って、嬉々と行進しはじめられなかったほ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・或人は熱心に、新しい日本の黎明を真に自由な、民権の伸張された姿に発展させようと腐心し、封建的な藩閥官僚政府に向って、常に思想の一牙城たろうとした。 元来、新聞発行そのものが、民意反映の機関として、またその民意を進歩の方向に導くための理想・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・伸子は、社会認識の黎明にたっている。その客観のうすら明りのなかに、何とたくさんの激情の浪費が彼女の周囲に渦巻き、矛盾や独断がてんでんばらばらにそれみずからを主張しながら、伸子の生活にぶつかり、またそのなかから湧きだして来ていることだろう。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・文学においては、ドイツのハイネ、ロシアのツルゲーネフなどが新時代の黎明を語った時代で、一般の人々の自主独立的な生活への要望はきわめて高まっていた。ウィルヘルム二世は一八四七年、国内に信仰の自由を許す法律を公布した。ところが、僅か二年ばかりで・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・ 日本の地平線をちらりと掠めた民主主義の黎明は、こうして短い歴史を終った。そして近代国家としての日本は、軽工業の労働の裡に青春を消耗しつくす貧困、無智な婦人の労力を土台にして、第一次欧州大戦迄膨張をつづけて来たのであった。 第一次大・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・ルネッサンスは、近代科学の黎明ではあったけれども、錬金術師のフラスコと青く光る焔とは、まるでその時代の常識に、真黒くて尻尾のある悪魔を思いださせた。魔法の汁で恋のまことが狂わせられるということもないといえないこととして、シェクスピア時代の観・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・三月の初め、私が徹夜した黎明であった。重く寒い暗藍色の東空に、低く紅の横雲の現れたのが、下枝だけ影絵のように細かく黒くちらつかせる檜葉の葉ごしに眺められた。閉め切った硝子戸の中はまだ夜だ。壮重な夜あけを凝っと見て居ると、何処かで一声高らかに・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ 獄中生活者を描いて出場した島木健作氏はこの時代、農民組合の経験をめぐっての諸作に移って来ており、徳永直氏は『文学評論』に自伝的な「黎明期」を連載しつつ、他方に「彷徨える女の手紙」「女の産地」等の小説を発表し、両者の間に見られる様々の矛・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 明治の初期の文学では、江戸末期の戯作者風な作者と黎明期の啓蒙書・翻訳文学が対立したが、尾崎紅葉の硯友社時代には、仏文学の影響やロシア文学の影響をもちながら、作家気質の伝統は戯作者気質の筋をひいていた。坪内逍遙の「当世書生気質」は、日本・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・ 近代日本文学の黎明とともに生い立ったような先生といて、私の側から感興のつきない話題がありよう筈もなかった。当時老博士はシェークスピア全集の翻訳に専念して居られた。したがって程よい時間が経つと、自然私がもうお暇しなくてはいけないのだな、・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
出典:青空文庫