・・・ ヨーロッパ大戦後の、万人の福利を希うデモクラシーの思想につれて、民衆の芸術を求める機運が起って『種蒔く人』が日本文学の歴史の上に一つの黎明を告げながら発刊されたのは大正十一年であった。ロマンティックな傾向に立って文学的歩み出しをしてい・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・それぞれの人の為人の高低がそこに語られているばかりでなく、婦人そのものの社会的自覚が、その頂点でさえもなお遙かに社会的には狭小な低い視野に止っていた日本の女の歴史の悲しい不具な黎明の姿を、そこに見るのである。 景山英子は、その生涯の間に・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ 黎明が鳩の目を明るくした。雄鳩は大きな悲しみを見出し、鳴きながら脚を高くあげその辺を歩き廻った。夜のうちに雌は死んだ。 雄鳩は雌の死んだことを忘れた。昼間、太陽が野天に輝やいて、遠くの森が常緑の梢で彼を誘惑する時、雄鳩は白・・・ 宮本百合子 「白い翼」
・・・人民の力の表現である真に民主的な政党は、治安維持法こそないが、他の変通自在な便法によって圧殺され、日本人民は、自主の黎明において自分の道をはぐらかされまいものでもないのである。 農村の自主化、都市労働者の生産管理による必要物資のより多量・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・まだ吾々はやっと人類の偉大さの最初の黎明期に達したばかりである。」と。 ウエルズがこの文化史のなかで云っているとおり、現在世界の二十一億の人間の上に輻輳している危険、混乱、厄災が全く未曾有のものであるのは、科学が人間に曾てなかった暴力を・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・駅で長いこと停車し、黎明のうすあかりの中に、提灯をつけ、抜刀の消防隊がしきりに車の下をさがし、一旦もう居ないと云ったのに、あとでワーッとときの声をあげて野原の方に追って行った。居たと云う人、居なかったと云う人。不明、然し、この下でバク発する・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 一面紫色にかすみわたる黎明の薄光が、いつか見えない端し端しから明るんで、地は地の色を草は草自身の色をとり戻すように、彼女の周囲のあらゆる事物は、まったく「いつの間にか」彼等自身の色と形とをもって、ありのまま彼女の前に現われるようになっ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・大体、ツルゲーネフの少年・青年時代を生活したロシアの四〇年代は、ロシア解放運動史の上ではまことに意味深い黎明期であった。先ずツルゲーネフが七歳の一八二五年に有名な十二月党の叛乱があった。この少壮貴族・将校を中心とする叛乱の計画は一貴族の卑劣・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・燈心に花が咲いて薄暗くなった、橙黄色の火が、黎明の窓の明りと、等分に部屋を領している。夜具はもう夜具葛籠にしまってある。 障子の外に人のけはいがした。「申し。お宅から急用のお手紙が参りました」「お前は誰だい」「お表の小使でござい・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 真道黎明氏の『春日山』は川端氏の画と同じく写実の試みであって、さらに多くの感情を現わし得たものである。柔らかい若葉の豊かな湧き上がるような感触は、――ただこの感触の一点だけは、――油絵の具をもって現わし難いところを現わし得ているように・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫