・・・それは、黒っぽい岩のような石のかけらでありました。少年は、その夜は、ついにこの石を抱いたまま、坂の下の草原の中で野宿をしました。 夏の夜明け方のさわやかな風が、ほおの上を吹いて、少年は目をさましますと、うす青い空に、西の山々がくっきりと・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・見るとかもめのいったように、黒っぽい色のはともいました。これはだんだん彼らに馴れていかなければならぬと、初めは離れたところで、からすは地面に降りて餌を探していました。 しかし、いくら同じように黒っぽくても、からすとはととは、ちょっと見て・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・鬱陶しい、黒っぽい、あたりの景色が眼にうつりました。そして、揺ぶるたびに、冷たい雫が、パタ/\と滴った。葉裏についている白い蛾が、ちょうど花びらかなどの散ったように、私達の身のまわりをひら/\しました。それは気味わるかったが、広々と開けた場・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・しもぶくれで、眼が細長く、色が白い。黒っぽい、じみな縞の着物を着ている。この宿の、女中頭である。女学校を、三年まで、修めたという。東京のひとである。 笠井さんは、長い廊下を、ゆきさんに案内されて、れいの癖の、右肩を不自然にあげて歩きなが・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ やがて弁当の支度を母親に任かして、お絹は何かしら黒っぽい地味な単衣に、ごりごりした古風な厚ぼったい帯を締めはじめた。「ばかにまた地味づくりじゃないか」道太がわざと言うと、お絹は処女のように羞かんでいた。 道太は今朝辰之助に電話・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ その中で一番背の高い黒っぽい長い髪を房々とさげた人が気になる様に時々私の方を見ては何か云いたい様な様子をする。 私は直覚的に若しやあの人が「Aさん」と云われて居る人じゃああるまいかと思った。 私の下の級で「Aさん」は文章達者な・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・アイヌ人でも美しい人は矢張り色が白く、濃い眉に深みのある瞳を持っていますから黒っぽいアイヌの平生着と、よく調和して、その背景になっている北海道の大自然と、アイヌはしっくりと合っていますから一層趣が深うございます。 今一つ云ってみたい・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・薄色の髪の毛を簡単な断髪にして、黒っぽい上衣の胸に、彼女の功績を語る勲章がさげられている。衿もとには、昔のソヴェトに決して見られなかった美しいレースの衿がのぞいている。オルガ・ベルホルツの写真の中の顔は、私たちを感動させる表情をたたえている・・・ 宮本百合子 「新世界の富」
・・・兵営の下は黒っぽい水のゆるやかに流れる掘割だ。上衣の襟フックをはずした赤衛兵が一つの窓に腰かけてまとまりなく手風琴を鳴らしている。ソヴェト・ロシアの兵士は、ソヴェトに選挙された時、二種の委員をかねる権利を与えられている。入営まで職についてい・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ でも今日はいつもよりよっぽど奇麗に見えてますよ、気持がいい着物の色が―― それにね、 貴方みたいな人は黒っぽいものが一番似合う。 横縞は着るもんじゃあないんですよ、 大抵の時は横っぴろがりに見えるから。 母親の・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫