・・・かかる人間はアトム的な個人の人格と人格とが、後から相互の黙契によって結びつき、社会をつくるのでなく、当初から相互融入的であり、その住居、衣食、言語風習まで徹頭徹尾共同生活態に依属しているところの、アトム的ならぬ共同人間である人倫の事実は外に・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・これは、ジャアナリストのあいだの黙契にて、いたしかたございませぬ。二十円同封。これは、私、とりあえずおたてかえ申して置きますゆえ、気のむいたとき三、四枚の旅日記でも、御寄稿下さい。このお金で五六日の貧しき旅をなさるよう、おすすめ申します。私・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ムッソリーニが、ヒトラーとの黙契によって北アフリカへ侵略を開始する前ごろの作品で、いまこまかなストーリイは思い出せないけれども、当時イタリーの人民生活を圧していた社会不安、生活の不安から、北アフリカへの軍事行動へ「脱出」するという、好戦の映・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ ―月―日 あまりに、あまりに婉曲な辞令、便宜上の小手段、黙契をもって交換的にする尊敬の庇護、私は皆、嫌いだ。 広い広い野原に行きたい。大きな声で倒れるまで叫んで駈けまわりたい。大鷲の双翼を我に与えよ」 けれども、これ等の断・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・文学の真の発展が阻害されている一時期に生じる作家と読者との黙契的諒解の上に依存して、作者の不分明な思惟や紛糾した表現を、それが不分明であり不鮮明であるため却って読者の方が暇にあかせ根気よく、各自の気分で読んで、むこうから解説し内容づけてくれ・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・ 父と私との情愛が、独特な過程をもっていて、理窟ぬきの、黙契的な然し非常に実践的な性質を持つようになったことには、私たちの母であった人の性格が大きい関係を持っていたと考えられる。 母は情熱的な気質で、所謂文学的で多くの美点を持ってい・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・たまにそういう人で犬死にならないのは、値遇を得た君臣の間に黙契があって、お許しはなくてもお許しがあったのと変らぬのである。仏涅槃ののちに起った大乗の教えは、仏のお許しはなかったが、過現未を通じて知らぬことのない仏は、そういう教えが出て来るも・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫