・・・すべての文学は戦争鼓吹の文学でなければならなかったが、戦争そのものが非人間的な本質だったから従軍作家の誰の書くものもそれぞれの作家の文学的力量を生かしきらず、その人びとの人間の味さえも殺した。私小説にゆきづまり、日本文学の社会性のせまさ、弱・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・電車の中の広告にも、武士道の鼓吹者、浪界の泰斗と云う肩書附で、絶えずこの名が出ているから、いやでも読まざることを得ぬのである。或る時何やらの雑誌で秋水の肖像を見た。芝居で見る由井正雪のように、長い髪を肩まで垂れて、黒紋附の著物を著ていた。同・・・ 森鴎外 「余興」
・・・先生がインドにおいてどういうふうに独立を鼓吹したか、あるいは美術院の画家たちにどういうふうに霊感を与えたか、さらにまた五浦の漁師たちをどういうふうに煽動して新式の網を作らせたか。それらのことについては自分は何も知らない。しかし先生が最もよき・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
・・・この意味で忠義を鼓吹して頂きたい。 小生の手紙の大意は右のごときものであった。ところでこの手紙を書いているうちに、小生が少年時以来養成されて来たと思っていた皇室への情熱が、いつの間にか内容を異にしている――というよりも内容を深めているの・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・ 根に対する情熱を鼓吹し、その根の本能的に好むところの土壌のありかを教え、そうして幾千年来堆積している滋養分をその根に供給してやるのが教育の任務である。特に大学教育の任務である。 大学が植木鉢に堕するか否かは、人の問題であって制度の・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫