・・・ お君は、いかにも嬉しそうに、パッとした顔をして、一つ心に合点すると共に、喜びを押えつけた様な低い鼻声で、「父はんに、来てもらお思うとるんやけど、どうどましょうなあ。と云った。 そうさねえ、それも悪かああるまいよ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・と立って変な鼻声で、しかも実に調子をそっくり「マイマイユーメ、テンヒンホー」などと真似した。母は苦笑いした。今思えば、その声も歌詞もキャバレーで唄われたようなものであったろう。更に思えば、当時父の持って来たレコードもどちらかと云えばごく通俗・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・ 下から男を見上げ、女がまわりによく聞えるような鼻声で云った。 ――もし委員がきたらそのときどけばいいじゃないの、折角芝居見るのに! 男は、「ブジョンヌイ行進曲」を口笛に吹き、どっかバルコンの方を見ていたが、やがて、 ――お・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ ○永い会話を力のある声でせず、鼻声で不明瞭に一寸「そう、私も出かけましょう」などという位。 不幸な old maid の典型。 八重の心持 ○この人が来たので八重、家のことをちっとも仕ないでよいようにな・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ なぜ別な部屋にしないの、 会った事もない人ん中に私は居るのがいやだもの。 鼻声でこんな事を云った。 千世子が何にも返事をしないで居るうちに入口に二つの黒い顔が重って見えた。 お入んなさいよ。 わだか・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・と鼻声になって弟に訴えると、「ほんとにそりゃあ困るな。 そんなら何なんだろ、 きっと、こないだの晩の雨でながされちゃったんだよ。 きっと今頃は品川のお台場にのってるよ。 何にしろもうだめだよ。と真面目・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・まりの茶黄色のフワフワになって、母親の足元にこびりつきながら、透き通るような声で、 チョチョチョチョチョ…… と絶間なく囀るのを、親鳥の クヮ……クウクウ……クヮ……という愛情に満ちた鼻声が一緒になって、晴れた空に響いて行く・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫