・・・お袋は不安の状態を愛想笑いに隠していた。 その間に、吉弥はどこかへ出て行った。あちらこちらで借り倒してある借金を払いに行ったのである。 主人がその代りに会合に加わって、「もう、何とか返事がありそうなものですが――」「そうです・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 椿岳は奇才縦横円転滑脱で、誰にでもお愛想をいった。決して人を外らさなかった。召使いの奉公人にまでも如才なくお世辞を振播いて、「家の旦那さんぐらいお世辞の上手な人はない」と奉公人から褒められたそうだ。伊藤八兵衛に用いられたのはこの円転滑・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・来て見れば予期以上にいよいよ幻滅を感じて、案外与しやすい独活の大木だとも思い、あるいは箍の弛んだ桶、穴の明いた風船玉のような民族だと愛想を尽かしてしまうかも解らない。当座の中こそ訪問や見物に忙がしく、夙昔の志望たる日露の問題に気焔を吐きもし・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・とにかく、みんなは、たがいに欲深であったり、嫉妬しあったり、争い合ったりする生活に愛想をつかしました。そして、これがほんとうの人生であるとは、どうしても真に信じられなかったのであります。・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・私はそんな女心に愛想がつきてしまう前に、自分に愛想をつかしました。思えばばかな男だった。ところが、ますますばかなことには、苦しいその夜が明けて、その家を出る時、私は文子に大阪までの旅費をうっかり貰ってしまったのです。東京の土地にうろうろされ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・の音のひっぱり方一つで、本当に連れて行ってほしいという気持やお愛想で言っている気持や、本当に連れて行ってくれると信じている気持や、客が嘘を言っているのが判っているという気持や、その他さまざまなニュアンスが出せるのである。ちょうど、彼女たちが・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ 父の生活を理解してくれ――いつの場合でも私はしまいにはこう彼に心の中で哀訴しているのだ。涙で責めるな!……私はまたしてもカアッとしてしまった。「何だって泣くんだ? これくらいのこと言われたって泣く奴があるか! 意気地なしめ!」「だ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・そこで彼はまったく私に絶望して、愛想を尽かしてしまったのだ、そして「君のような心がけの人は、きっと今に世の中から手ひどいしっぺ返しを喰うぞ」と、言った。しっぺ返しとは、どんなことを意味するであろうか? まさか私を、会の案内状から削除するとい・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ と冷笑を漏らし、不愛想な態度で奥へ引っこんでしまった。「こんなような品は手前どもでは扱っておりませんが、どこそこなら相談になりましょう」傍に坐っていた番頭は同じ区内の何とかいう店を教えてくれたが、耕吉は廻ってみる勇気もなく、疲れき・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・それを見ると私は「ああ、可愛想な事を言うた」と思いました。病人は「お母さん、もう何も苦しい事は有りません。この通り平気です。然し、私は恥かしい事を言いました。勇に済みません。この東天下茶屋中を馳け廻って医師を探せなどと無理を言いました。どう・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫