・・・とも云うべきを、あらあら下に記し置かん。 年月のほどは、さる可き用もなければ云わず。とある年の秋の夕暮、われ独り南蛮寺の境内なる花木の茂みを歩みつつ、同じく切支丹宗門の門徒にして、さるやんごとなきあたりの夫人が、涙ながらの懺悔を思いめぐ・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・はいと言い言い、あらあらかしくと書きおさめて、硯の蓋を重しに置いて出て行く。――自分が藤さんなら、こんな時にはぜひとも何とか書き残しておく。行ってみれば実際何か机の上に残してあるかもしれないという気がする。 しかしやっぱりそんな手紙はな・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・「許してくださるんですか。本当を言ったら、僕なんかあなたに怒られたら生きているかいもないんですからね」「あらあら、そんなこと」軽便鉄道の木でつくったシグナレスは、まるで困ったというように肩をすぼめましたが、実はその少しうつむいた顔は・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・「あらあら、おっかちゃん、大きくなって来たよ、これ」「ほら大きくなるぞ……大きくなるぞ」 小さかった白い餅のようなものは、もりもりもりもりと拡って、箸でやっと持つ位大きく扁平な軽焼になった。「さ、ちっと冷してから食うと美味い・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ あんまり時間も早すぎるのだけれ共、あっちこっちと逃げ廻る鳥の早さに追いつけないので、二人の子供と女中と清子が裸足になって、「あらあら、そっちへ行きましたよ、 早くつかまえて下さい。 ああ、もう逃げちゃった、駄目じゃああ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫