・・・「鋤は要らん、埋ちゃいかん、活て居るよ!」 と云おうとしたが、ただ便ない呻声が乾付いた唇を漏れたばかり。「やッ! こりゃ活きとるンか? イワーノフじゃ! 来い来い、早う来い、イワーノフが活きとる。軍医殿を軍医殿を!」 瞬く間・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たような訳ですからな、この上は一歩も仮借する段ではありません。如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 弟達が来ますと、二人に両方の手を握らせて、暫くは如何にも安心したかの様子でしたが、末弟は試験の結果が気になって落ちつかず、次弟は商用が忙しくて何れも程なく帰ってしまいました。 二十日の暮れて間もない時分、カツカツとあわただしい下駄・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・行手は如何ともすることのできない闇である。この闇へ達するまでの距離は百米あまりもあろうか。その途中にたった一軒だけ人家があって、楓のような木が幻燈のように光を浴びている。大きな闇の風景のなかでただそこだけがこんもり明るい。街道もその前では少・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・けれども如何でしょう。此のような目に遇って居る僕がブランデイの隠飲みをやるのは、果て無理でしょうか。 今や僕の力は全く悪運の鬼に挫がれて了いました。自殺の力もなく、自滅を待つほどの意久地のないものと成り果て居るのです。 如何でしょう・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・二郎が深き悲しみは貴嬢がしきりに言い立てたもう理由のいかんによらで、貴嬢が心にたたえたまいし愛の泉の涸れし事実の故のみ。この事実は人知れず天が下にて行なわれし厳かなる事実なり。 いかなる言葉もてもこれを言い消すことあたわず、大空の星の隕・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・これは古今を縦に貫いて人間の倫理的思想が如何に発展し、推移して来たかを見るためである。後なるものは前なるものの欠陥を補い、また人間の社会生活の変革や、一般科学の進歩等の影響に刺激され、また資料を提供されて豊富となって来ている。しかし後期のも・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・「国主の御用ひなき法師なれば、あやまちたりとも科あらじとや思ひけん、念仏者並びに檀那等、又さるべき人々も同意したりとぞ聞えし、夜中に日蓮が小庵に数千人押し寄せて、殺害せんとせしかども、いかんがしたりけん、其夜の害も免れぬ。」 このさ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ かつてのかゝりつけの安斎医学博士の栄養説によると、台湾に住んでいてわざ/\内地米を取りよせて食っていた者があったそうだが、内地米が如何にすぐれていようともそんなのは栄養上からよくないそうである。人間もやはり自然界の一存在で、その住んで・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 徹底的に犠牲にあげなきゃいかん!」 そして彼は、イワンに橇を止めさせると、すぐとびおりて、中隊長と云い合っている吉原の方へ雪に長靴をずりこませながら、大またに近づいて行った。 中隊長は少佐が来たのに感づいて、にわかに威厳を見せ、吉・・・ 黒島伝治 「橇」
出典:青空文庫