・・・序に頭の機能も止めて欲しいが、こればかりは如何する事も出来ず、千々に思乱れ種々に思佗て頭に些の隙も無いけれど、よしこれとても些との間の辛抱。頓て浮世の隙が明いて、筐に遺る新聞の数行に、我軍死傷少なく、負傷者何名、志願兵イワーノフ戦死。いや、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・巡査が切符を買って乗せてやるって、だから誰かに言っちゃいけないって……今にここへ来て買ってやるから待っておれって」 小僧はこう言ったが、いかにもそわそわしていて、耕吉の傍から離れたい風だったので、「そうか、それはよかった。……これでパン・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・「引込んでいるのがいけないんだよ。もっと出て来るようにしたらいいんだ」玄関まで送って来た友人はそんなことを言った。自分はなにかそれについても言いたいような気がしたがうなずいたままで外へ出た。苦役を果した後のような気持であった。 町に・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・私は淋しくっていけませんよ。と光代は進み寄って揺り動かす。それなら謝罪ったか。と細く目を開けば、私は謝罪るわけはありませぬ。父様こそお謝罪りなさるがいいわ。 なぜなぜと仰向けに寝返りして善平はなお笑顔を洩らす。それだっても、さんざん私を・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・そしてかごの上に結んである緋縮緬のくけ紐をひねくりながら、「こんな紐なぞつけて来るからなおいけない、露見のもとだ、何よりの証拠だ」と、法科の上田がその四角の顔をさらにもっともらしくして言いますと、鷹見が、「しかし樋口には何よりこの紐がう・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・だからこれは恋する力が強いのが悪いのではなく、知性や意力が弱いのがいけないのだ。奔馬のように狂う恋情を鋭い知性や高い意志で抑えねばならぬ。私の場合ではそれほどでもない女性に、目くもって勝手に幻影を描いて、それまで磨いてきた哲学的知性もどこへ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 慌てゝはいけないと思った。 曹長は、それから、彼の兄弟のことや、内地へ帰ってからどういう仕事をしようと思っているか、P村ではどういう知人があるか、自分は普通文官試験を受けようと思っているとか、一時間ばかりとりとめもない話をした。曹・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それもいいけれど、片道一里もあるところをたった二合ずつ買いに遣されて、そして気むずかしい日にあ、こんなに量りが悪いはずはねえ、大方途中で飲んだろう、道理で顔が赤いようだなんて無理を云って打撲るんだもの、ほんとに口措くってなりやしない。」・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・――先生はふだんから、貧乏な可哀相な人は助けてやらなければならないし、人とけんかしてはいけないと云っていましたね。それだのに、どうして戦争はしてもいいんですか。 先生、お父さんが可哀そうですから、どうか一日も早く戦争なんかやめるようにし・・・ 小林多喜二 「級長の願い」
・・・売出し秋子とあるをさりげなく肚にたたみすぐその翌晩月の出際に隅の武蔵野から名も因縁づくの秋子をまねけば小春もよしお夏もよし秋子も同じくよしあしの何はともあれおちかづきと気取って見せた盃が毒の器たんとはいけぬ俊雄なればよいお色やと言わるるを取・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫