・・・驚くべきことは、統計局でさえも、昭和十八年以降は世間に向って発表すべき正確な統計を、あらゆる部面で持っていないということを告白している。これ一つを見ても、日本の政府は自分達の利益を守ろうとして戦争を強行して行くためには、人民一般の生活に対し・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ 役所では人の手間取のような、精神のないような、附けたりのような為事をしていて、もう頭が禿げ掛かっても、まだ一向幅が利かないのだが、文学者としては多少人に知られている。ろくな物も書いていないのに、人に知られている。啻に知られているばかり・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・油屋という家に入りて憩う。信州の鯉はじめて膳に上る、果して何の祥にや。二時間眠りて、頭やや軽き心地す。次の汽車に乗ればさきに上野よりの車にて室を同うせし人々もここに乗りたり。中には百年も交りたるように親みあうも見えて、いとにがにがしき事に覚・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・文明十七年の山城の国一揆、長享二年の加賀の一向一揆などはその著明な例である。これらは兼良の没後数年にして起こったことであるが、世界の情勢からいうと、インド航路打通の運動がようやくアフリカ南端に達したころの出来事である。 このころ以後の民・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・巨大な欧米風建築に取り囲まれた宮城前の広場に立ってしみじみと感ぜさせられることは、江戸時代の遺構が実に強い底力を持っているということである。それは周囲に対立者のない時にはさほど目立たなかった。それほど何げのない、なだらかな、当たり前の形をし・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫